伏見憲明の書評

瓜生知史 著『魚はエロい』(光文社新書)

チリメンウミウシというのは、全長4cmほどのナメクジみたいな生物で、伊豆あたりにも棲息する。雌雄同体ゆえ、交尾のときにはオスとメス両方の役割をこなし、二匹が出会うと対面して右側にあるペニスを互いの体に挿入し合い、放精する。そして交尾が終了すると、ペニスを相手の体内に残したまま、自らそれを切断する! 人間が行うどんな変態プレーよりも艶かしいというか、ドロドロの交合をするものらしい。

41dlwkt1ml……そんな海中の秘め事を紹介してくれる『魚はエロい』は、ダイバーでもあり研究者でもある瓜生知史さんによるフォトエッセイ集。海洋生物に関する著者の洒脱で、ちょっとエッチな文章に笑わされながら、まるで自分も一緒に海に潜って魚たちを観ているような気分にさせてくれる、さながら「夜の新書」である。といってもふざけた内容ではけっしてなく、長年の観察経験によって培われた知識と、鋭い分析によるユニークな研究書となっている。

私など海のなかに関してまったくの門外漢だが、魚たちの生態はまだ未知のものが多く、わからないことだらけだという事実は意外だった。その原因は、対象が海のなかに存在しているだけに観察が難しく、サンプルも取りにくいから。そうした余白の部分に、瓜生さんが自身の(ちょっとエロい)想像力を屈指して、面白い仮説を提示してくれる。「擬人化」して考えることは科学にとってプラスばかりではないが、他の生物と人間との間には共通点もあるし(もとをたどれば一緒だしね)、そもそも思考というのは、人間的な発想からはじまるわけだから、まずは擬人化して考えざるを得ない。

それにしても本書を通じて、交尾というのがほんとうに千差万別なのに目を見張る。

アナハゼという肉食魚は「巨根」で、20cmのからだに2cmほどのペニスがついている。そんな立派なモノを持っているというのに、オスはなかなか哀れだ。「アナハゼのオスは求愛時、メスの目の前で激しいダンスを踊ることがある。このとき、メスが空腹と気づかず小さなオスが近づくと、一瞬でメスに捕食されてしまう」。一匹のオスがメスの口のなかで喰われていて、(捕食のリスクが少ないのを幸いに)他のオスが近くで求愛のダンスを踊っている写真が掲載されているが、それはなんとも残酷で、恐ろしい光景である。彼らにとって、愛とはまさに命がけの行為なのだ。

サメの生殖も凶暴そのものだ。彼らのように「泳ぎと捕食に特化して進化した大きな個体同士が、海のなかで寄り添い続けるのは難しい」ので、交尾の時、「オスはメスをしっかり固定し、しばらくの間自分の体と密着させておく必要がある」。そのときオスはメス噛みながら抱えるというのだ。それゆえ、メスの皮はそれに耐えられるように厚手にできているらしいが、それでも交尾の後、「体表は噛み傷によりボロボロで、何とも痛々しい姿となる」。

もちろん、本書の内容は壮絶なセックスの話しばかりではない。性別の不思議について目から鱗のネタもある。「ホンベラは性成熟する前、雌雄両方の性を持ち、その環境によりどちらかの性を選択する」。体の小さいものはメスを選ぶが、そのなかで、後に、オスを選び直して「性転換」するものがいるというのだ。つまり、最初に選択した通りメスで通すもの、最初に選択した通りオスで通すもの、途中でメスからオスになるものの3パターンがあって、それぞれで産卵のありようも異なってくるらしい…。

こんなに乱れた?海洋生物の複雑な性の実態を観ていると、文化が作り上げるとされる人間の性愛は”倒錯的”だというが、かえって単純で、面白みに欠ける。それに比べて自然は、想像を絶するほど多様で、一言、エロいのである!