対談・中村うさぎ × 伏見憲明「新宿二丁目ももう笑えない。」

A Day In The Life の最高顧問格であり、新宿二丁目のベテラン客でもある中村うさぎさんと、グランマ・伏見憲明が、二丁目の今や、ディスコミュニケーションの問題について語り合う!

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最初の印象は「なに、この豚は!」

伏見:うさぎさんと初めて会ったのは2001年、うさぎさんが四十三歳でぼくが三十八歳。まだお互いずいぶん尖っていた。

中村:最初の印象は最悪でしたねー。

伏見:尖っているもの同士って仲良くなれないものだよね。

中村:あたしの四十三歳は、買い物依存症からホスト狂いへの移行期だった。

伏見:ぼくはその時代はまだ書き手としても、活動家?としても現役バリバリ。買い物依存症で売っている中村うさぎが、なんでゲイやレズビアンのパレードに来て、横断幕の真ん中に陣取ってるんだ!みたいな偏見があったの。

中村:あたしや岩井志麻子にしたら、主催者にそこに連れていかれただけだったんだけどね。だから、「なに、この感じの悪い豚は?」みたいな(笑)。

伏見:その件はぼくの一方的な誤解だったんだけど、それから6,7年ずっと印象悪いままだった。その後、うさぎさんの『私という病』という著作を読んだらすごく感銘を受けて、この人ってセクシュアリティについてこんなに深く考えている書き手なんだ!と見直した。それで、ちゃんと対談してみたいと、こちらから仕事にお誘いして、以来、仲良くなった。

中村:伏見さんの記憶ではそういうことになってるんだ。あたしの記憶では、ポット出版から伏見さんの『欲望問題』(2007)感想を頼まれて、それを読んでみて印象が変わった。あたしもあたしで、「差別はんたーい!」とキャンキャン叫ぶひとたちには偏見があって、伏見さんのことをある種のフェミと同じ “キャンキャンのひと” みたいに思っていたのね(笑)。

そしたら、あの本には、性愛にはそもそも差別が含まれていて、男らしさや女らしさに反対するひとたちにしてもエッチの現場ではジェンダーを無視できない、と書かれてあった。それに感銘を受けたの。だってあたしのなかでは “キャンキャンのひと” は、自分の性にはふたをするっていうイメージだったから、これは!と思って原稿を寄せたんですよ。

伏見:うさぎさんの書評はずいぶん好意的で、『欲望問題』は多くのひとに不評だっただけに、とても勇気づけられました。どういう時系列だったかはっきり憶えていないのだけど、そのあとにこちらががオファーした対談(「小説新潮」での松沢呉一さんをまじえての鼎談になった)をしたのかな? しばらくして、ぼくがもう書くテーマもなくなってきて、収入の足しにでもしようと週1回のバー 「エフメゾ」 をはじめたのが2008年のこと。

yokubou中村:伝説のエフメゾ ですね。

伏見:そこにうさぎさんも来てくれるようになって、さらに親しくなった。今日たまたま、エフメゾ時代のパーティの様子が映った動画を見たら、自分も店もほんとに元気で、振り返ればあの頃のうさぎさんも毎週、朝まで生討論みたいにずっとしゃべっていたよね。

中村:まだ若かったよねー。あたしも五十そこそこだから元気だった。

伏見:当時と比べるとさ、ひとってこんなに衰えるものかと(笑)。

中村:ほんとにそうだよね。結局、エフメゾは4,5年くらいだったよね。

伏見:そう、友人のゲイバー、メゾフォルテの水曜を借りて4年ちょっとやった。途中、東日本大震災などがあって景気も低迷し、水曜だけの営業というのもマンネリ化したので、週末の営業をしたいと思って2013年に開業したのが、今日に至るA Day In The Life(以下、アデイ)。新装開店で金土曜営業ならもっと盛り上がるかと想像していたら、開店パーティからして客が来ず(汗)、厳しい現実を叩きつけられた。が、それはそれでいい勉強になりました。

中村:週に1回の “スペシャル感” が薄れちゃったのはたしかだよね。毎日会えるひとにわざわざ会いにいかないんだよね。

伏見:アデイの開店が4月で、それから半年も経たずしてうさぎさんは体調が悪くなって、8月に病名のはっきりしない難病で入院することに。三度も心肺停止の危篤状態に陥り、退院後も車いす生活となって階段が上れないので、アデイにはエフメゾ時代ほどにはまめに来てないよね。

中村:むかしは、まさか自分が歩けなくなるなんて予想もしていなかった。今はそのことも受け入れてしまったけどね。

伏見:ぼく自身も金土曜くらいしか店に出ていないけど、それでもぐったり……というくらい心身が弱ってきているからね。

中村:いまいくつだっけ?

伏見:五十三歳。

中村:やっぱりそれくらいから人間ってがっくりくるよね。

伏見:そう考えると、最悪の出会いにもかかわらず、いいタイミングで再会できて良かったよね。あそこで親しくなっていなかったら……

中村:「あのクソ豚!」とか思って(笑)今も交流がなかったかもしれない。エフメゾのおかげで仲良くなれてよかった。

 

自主退学のひとも、強制退学のひとも

伏見:現在のぼくは店の方向性に迷いがあって、ずっと閉じ気味に経営してきたんだけど、今度は少し開いてやってみようかと店のウェブマガジンを立ち上げることにした。「発信するゲイバー」っていうコンセプト。でも裏を返せば、新しい挑戦でもしないと店自体も終わってしまうような感じがして……。

ぼくのなかではバーをやるっていうのは、単に収入を得るためだけではなくて、ゲイには限らずひととひとが繋がれる“場”を作れたらいいな、というのがあったんだけど、エフメゾから今日まで7年くらいやってきてはみたが、結果、なんにも残っていないような気もして……。

中村:そうなの!?

伏見:なんにも残っていないというのは語弊があるけど、そこに集ったみんなの絆が深まって、その輪が広がっていった、という展開ではなかったように振り返る。誰かが店に来て、ある程度親しくなるんだけど、しばらくすると卒業して行ってしまうことの繰り返し。波打ち際で砂の城を作っているような。たいていは、仲良くなるまでの過程がいい時期で、それを過ぎると、厭きちゃったり、かえってお互いの嫌なところが目についたり、喧嘩したり……で、関係性が深まったり “コミュニティ” が形成されたりというのでもない。だから、ひととひとが親しくいられるのはそんなに長い時間じゃないじゃないか、っていう気もしてきて……。見方によってはバーって学校みたいなものかもね。

中村:それは寂しいね。でも、関係が深まってお互いの嫌なところも見えてきても、それも含み込んで仲良くなるってこともあるから、そればかりでもないんじゃないの。伏見さんが “卒業” したひとたちに何かを遺した、っていう想いはないの?

伏見:それは……どうなんだろうね。

中村:あたしはあると思うよ。

伏見:“卒業” っていっちゃうと、ほら、表現がきれいだけど。

中村自主退学したひともいるし、ほら、あなたが強制的に退学させたひともいたけどね(笑)。

伏見:そう、いい想い出のひとばかりじゃないからさー。だいたいお客さんが店に来なくなるのは、ぼくの暴言や配慮のなさからだしね(汗)。

中村:でも、初めて来た頃は携帯ばっかり見ていて、ろくに話しもできなかった学生が、何年か経って、ちゃんと相手と目を見て話せるようになった例もあるじゃない。あの子、はじめは社会性がまったくなかったからね!

伏見:彼は会社に入って、自信も出てきて、ひととしてすごく成長したよねえ。この前なんか同僚を連れてきてくれて、その中の一人が店の他のお客さんにお粗相をしてしまったんだけど、同僚の代わりに一生懸命謝っている姿を見て、なんだか感動したけどね。

中村自分のことだって謝れなかった子なのにね(笑)。彼には優しさが加わったよね。それは一つの希望じゃないの?

伏見:たしかに、そういう例もあるから、まだ続けているんだろうけど。

中村:あたしは、はじめ伏見さんの店に行くようになって、ゼミに誘われたのね。あのとき、ゲイのひとがハッテン公園かなにかで暴行を受けた事件があって、「ゲイと公共性」をテーマに議論するみたいな勉強会。それにずいぶん感銘を受けて、もっとこのひとたちと話したい!と思ったの。それまでも二丁目で、ゲイや女友だちと恋愛の話しをしたり飲んで盛り上がったりはしていて、それはそれで楽しかったけど、議論したいなんて思ったことがなかったから。だから、伏見さんの店はそういうまじめな話しもできる “コミュニティ” っていうイメージが強いんだよね。

 

他者がいない劇場型、および自己完結型

usagi3伏見:振り返ると、人生を歩んでいくうちにひとも関係も変化するよね。例えば、学生のうちは横並びだったのが、学校を卒業して社会に出てしばらくすると、お互いのポジションが変わったり、格差なんかも生じてしまったりすると、ただ笑って遊んでいられるような関係ではなくなってしまう。

中村:それはあるね。無邪気ではいられなくなるよね。嫉妬も出てくるしね。学生のときには、実家に貧富の差があったとしてもそれほど関係に影響するものじゃないけど、社会に出ちゃうとエリートコースを歩くひともいれば、そうじゃないひともいるから。

伏見:そういう現実による人間関係の変化は世知辛い。二十四、五歳くらいのところに一つハードルがあって、そこでそれまでの関係が破綻する傾向はあるかもしれない。

中村:二十歳くらいのときには性的なところで承認欲求を満たしていた子でも、時が経てばそれだけじゃいられなくなるし、そもそも本人にとって性的なネタが自虐にすぎなかったこともあったよね。それがあたしたちに伝わらなくて、いじられていることに耐えられなくなって去った子もいた。

伏見:最初は性的な承認だけでもよかったんだろうけど、大人になっていくうちにもっと納得がいかなくなったんだろうね。

中村:伏見さんの店に集まるひとの特徴の一つに、承認欲求が強い傾向はあったかもしれないね。今は誰でも承認されたがっている時代だけど、伏見さんに認められたい子はけっこう来てたと思う。

伏見:ぼくに認められたいかどうかはともかく……“承認”というのはたしかにキーワードだったよね。うさぎさんを求めて来てたひとも少なくなかった。店が混んでいて疲れて朦朧としてくると、みんなそれぞれ普通の話しをしているんだけど、「私を認めて! 私を承認して!!」と口々に叫んでいるみたいな幻聴に襲われたこともあった(笑)。

中村:自分語りをしたいひとは多かったよね。ふつうのゲイバーやレズバーじゃそこまで深く自分の話しを訊いてほしいひとはいないからね。それはエフメゾ以来の伝統だよね。

伏見:でもさ、そのひとが理解してほしい自分と、はたから見えるのとは違うってことがあって、そこが難しいよね。

中村:それはよくあることで、みんなそういうもんじゃないの。

伏見:ただ、ふつうは、そこに齟齬があったら修正したり、反省したりがあるんだけど、そういうのがまったくないひともいて、それはどうなのかなあと。

中村:そういうひとは結局、河岸を移していくんだよね。ここではダメだったけど、どこか自分の物語を承認してくれる場所があるっていう幻想を捨てられないから。

伏見:自分の物語と他人が見た物語がズレているのはいいんだけど、お互いの感じ方とか考え方とかを修正したり調整していくのがコミュニケーションだと思うのよ。だから、自分はこうなんだ、っていう結論から一歩も出ようとしないひとは、他人とコミュニケーションを交わしているのではなくて、他人を観客にしているだけなんだよね。

中村:突っ込みもできないのはちょっとね。でも、そういうひとって、変わらないよね。

伏見:これって口数の問題じゃないんだよねー。ほら、うさぎさんって口数は多いけど、他人の話しをほんとによく聴くじゃない。

中村:あたしは聴くよ!

伏見:あと、あなたはひとと話していて、自分のほうを修正することもけっこうある。だから若いひとにも好かれるんだよね。コミュニケーションがちゃんとできるから。有名ってことだけじゃなくて、尊敬されているもの。だいたい有名性が通用するのって最初の2、3回だけだしね。

中村:ある程度の年齢や実績があれば、周りもこのひとはこういうひとだ、と納得するけど、若くて“何者”でもないひとが自分の物語を譲らないと、つらいよね。まあ、年配者でも忍耐の時間制限はあるけど。

伏見:あと、他人に抑圧的ではないんだけど、ひとの話しをまったく聞いておらず、自分の文脈に他人を配置しているだけのタイプもいる。

中村:自己完結型ね。自分のシナリオに書き割りみたいに相手を当てはめてしまうのも、周囲をすべて観客にしないといられないのも、両極のディスコミュニケーションだよね。ひとの話しを聞いていないという意味では同じ。今、そういうひとたちが増えているのかもね。

伏見コミュニケーションってそもそも “痛い” ことじゃないですか。自分の傷つきやすい、不安定なところも晒し、場合によっては、反省したり、転向だってしなければならないんだから。でもその “痛み” に耐えられないと、自己完結型劇場型かのどちらかにいくしかない。“痛み” に踏みとどまらないかぎり、他者というのは存在しえないよね。

中村:“痛さ” をどこまで許容するか、っていうのは難しいけどね。

伏見:水商売っていう観点からすれば、どんな会話であれ許容するのが正道だと思うけど、ぼくはそういう接客はできないんだよね。だから、つくづく自分はこの仕事に向いていないなあ、と。

中村:でもさ、会話が一方的なひとはたしかに疲れるけど、なかには憎めないひともいる(笑)。

伏見:あ、たしかに、周囲を観客にしてしまうひとでもなぜか許してしまえるひともいる。

中村:こういう不器用なひとはこれまでの人生、孤独だっただろうなあと考えると、その孤独さが心に刺さってしまうんだよね。

伏見:言われてみると、“他者がいない” タイプも完全拒否できなくて、多少許容してしまうからこそ疲れてしまうんだろうね。シャットアウトできるなら簡単ともいえる。

中村:そうね、さらさら聴き流してたら楽だもんね。キャバ嬢みたいに「わー、すごい」とか「かっこいいー」みたいな表面的な接客が伏見さんはできない。どうしてもそのひとの魂に触れちゃうんだろうね。それは伏見さんの特性だし、そもそも物書きだから。

伏見:そのしんどさが他人と関わる面白い点でもあるしね。

中村:それは物書きとしてはプラスになるところだよね。

伏見:でも店をはじめてから疲れすぎて書く体力を確保できない、というので、本も出せずにここ数年が過ぎていった。あー。

 

二丁目ももう笑えない!?

中村:ウェブマガジンをはじめるのは、何か発信したいものが見つかったからなの?

伏見:ちょっと前に、心身の疲労が極に達して、この商売もうマジ無理かもーと落ち込んだの。儲かることもないし、消耗するだけだし。いっそ店をひとに貸して、パチンコ屋の景品交換所のおばさんにでもなったほうが、コストパフォーマンスもいいんじゃないかとか。しばし布団から出られずに臥せっていたんだけど、ふと、ある瞬間、気持ちが底についた感じがした。そうしたら、あらゆることが腹立たしくて憤懣やるかたなかったのが、反転して、それまで起こったどの出来事も、出会ったどのひとも、それを表現に変換したら面白すぎる!と気がついた。店のことがまったく別の色彩で見えてきたんだよね。このひとに焦点を当てて記事を作りたいとか、彼と彼女で対談をやったら刺激的だ…とか。

中村:それはたしかに面白いかも。

伏見:アデイのお客さんだけでも十分、今を表現できるって思ったら、急に興奮してきちゃって、ウェブマガジンをやろう!と走り出した。

中村:その気持ちはよくわかる。あたしも五十過ぎてから、むかしみたいにこれも書きたいあれも書きたいという気持ちがなくなった。仕事はあったから〆切は来るんだけど、書くことがなくなった。曾野綾子や瀬戸内寂聴みたいにずっと書き続けることはできないとは思ったけど、ついにここで終わりがきたか、と思った。それで病気をして、仕事も減ったりして鬱々とした期間があったんだけど、最近ツイッターをはじめたら、問題意識みたいなのに急に目覚めてしまったの! ここのところ、なんだか脳みそが生き返った感じがあるんだよね。

伏見:あらまあ、一緒!

中村新しいテーマに出会えたときには若返るよね。

伏見:ぼくは、ずっと店でのコミュニケーションが上手くいかない感じがあって、それで気分もやる気も落ち込んで悩んでいたんだけど、さっきいった底についたときに、そうか、その“ディスコミュニケーション”こそがテーマなんだと気づいたんだよね。

中村:それは興味深い。

伏見:ゲイバーを看板にしているとはいえ、ノンケ男子や女性客に「あんた、ブスね!」みたいな毒舌だけ吐いていれば許されるみたいな時代でもなくなってきたわけじゃない? ゲイ同士だって「なによ、あんた」みたいなキャンピィなオネエ会話では、もはや人間関係が成立しなくなってきている。今までの二丁目のコミュニケーションを回していた文化や価値観が機能しなくなっているのが昨今だ、と。

中村それはきっと差別がなくなってきたからだよね。ゲイがゲイであるための毒を持たなくてもいられるようになったし、ゲイがノンケ男に「チンコ触らせなさいよ」っていって迫っても、それはセクハラだ!って受け取られて、簡単には許されなくなった。

伏見:そう。ノンケのひとが二丁目に来ても、とりたててゲイや性的マイノリティが珍しい存在ではなくなって、“オカマ”という“治外法権”を失いつつある。ゲイの間でも社会からはじかれた者としての共感や共通項よりも、現実の社会的・経済的な格差や、モテ・非モテ問題の格差とかのほうがよほど意識されるようになった。良くも悪くもゲイという共同性が薄くなってしまったから、飲み屋でちょっと古株だからといっても尊重なんてされず、「うるさいおばさん」と陰口を叩かれ、世代間の軋轢も避けられない。いってみれば一般社会と変わらないふつうの街になってきてしまったところで、どんなコミュニケーションや関係性がありうるのかが、今のぼくのテーマなんだよね。

中村:たしかに、ゲイバーももう単純には笑えない場になりつつあるよね。

伏見:それぞれの勝手なPC(政治的な正しさ)がすぐに持ち込まれてしまうからね。そんな状況が “ママ” としての自分を消耗させていたけれど、時代や社会の変化がアデイのなかにもちゃんと写し込まれていて、それこそが表現すべき、考えるべき問題だと気づいたら、表現者として高揚したのね。

中村:あたしもツイッターは当初ビジネス的な要請ではじめたんだけど、自分はこんなことを考えた、ってつぶやくと瞬時にいろんな反応が来るんで、そこでのコミュニケーションが楽しくなってきてしまった。かつて伏見さんのバーで交わしていたような、みんなでこの問題について考えてみよう!みたいな熱い気持ちを取り戻したんだよね。それで今の関心事はセックスワークへの差別の問題。それを社会に発信しなくては!と思いはじめた。

 

多様であるからこそ難しい

usagi2中村:でもツイッターでやり取りしていて、多様性っていうのも難しいよなあ…って痛感する。

伏見多様だからこそ上手くいかないことのほうが多いかもしれない。ゲイバーの場合、ゲイやゲイ的なカルチャーが中心にあって、そこに他のひとたちが参加するみたいな割合だと上手くいくものが、ここはLGBTにもストレートにも同様に開かれていてまったく対等です、みたいになるとかえって軋轢が生じる。アデイの場合、「伏見婆さんが絶対神で法律です!」みたいなフィクションを立てているからまだ回るけど、それでも、局所局所でのディスコミュニケーションが目立ってきている。

中村:多様性を受け入れてしまうとどうしても価値観が衝突するっていうのがあるじゃない。だから多様性のなかにつねに“寛容さ”を意識していないと排除が生まれ、排除は差別になる。“寛容さ” を自分に言い聞かせてフェアである努力をすることが、多様性には必要だと思うわけ。

伏見:多様性をいうひとたちにかぎって、自分たちと異なる価値観を排除しようとするからね。LGBTの運動でもそういう傾向は顕著。

二丁目的にいうと、かつては “寛容さ” っていうのはゲイたちのキャンピィ、笑いの文化で担保されていたんだよね。でも、今じゃそういう笑いのなかにまで政治的な価値観が持ち込まれて、もはや笑えなくなってきている。共通項もないし、価値観も異なるとなると…

中村:孤立ってことになっちゃうよね。もちろん全体主義はイヤだし、孤立もいいとはいえない。だからゲイのひとたちはこれまでもコミュニティを作ろうとしてきたわけじゃない。今、あたしは、どんな働きかけをすれば上手くいくのか、何がないと関係が解体してしまうのか…そういうこと今いっしょうけんめい考えてる。

伏見:それはぼくの問題意識とも重なる。共通の基盤というか土俵をどう設定できるか、ということ。

中村:そこだよね。

伏見:それをどうやって位置づけ、そのモチベーションをどこから調達してくるのか…つまるところ、そういうことだよね。

中村:ルールみたいなものではなくて、みんなが「それ、そうだよね」と腑に落ちて、「じゃあ、これを共有しましょう」とならないと難しい。さっきのディスコミュニケーションの問題と、あたしが今抱えている問題はリンクしている。

伏見:今日、うさぎさんと話してきて、自分のモヤモヤがはっきりしてきた。ぼくにとってのいちばんの悩みは、店をやっていて共通の基盤がなくなってきているがゆえに何をしていいかわからなくなっている、ってことだったんだな。自分がなんでゲイバーの看板を掲げてやっているのかが見えなくなっている。

中村:みんなが心の底から納得して共有できるものをどう見つけていくか。伏見さんのゲイバーにしてもあたしのツイッターにしても、それがテーマだよね。

伏見:ぼくが今回ウェブマガジンをやるっていうのも、それをみんなで探していきたいってことなんだろうね。緩くつながれるもの。

中村:これから伏見さんがこのウェブマガジンで、ディスコミュニケーションの物語を発信していって、それが受け手ひとり一人の孤独に触れ、共感を紡げていければいいよね。(了)

撮影・中野泰輔