aday-1-19-2-%e3%81%ae%e3%82%b3%e3%83%94%e3%83%bcプロフ/ 清寛(しょうかん)和尚。(月曜担当)

1985年生まれ。熊本出身。お寺に生まれお寺に育つ。22歳の時、福井県の永平寺という山奥の修行寺で3年過ごす。修行仲間には相当な迷惑をかけ続けて山を下りる。その後、曹洞宗の研究センターにて仏教を学ぶ。同性婚の問題から、仏教と「性」について気になり、セクシュアリティについて勉強し始めた。生活に役立つ仏さまを模索している。趣味は「こんな時、お釈迦様ならなんて言う?」という大喜利。

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むっちり僧との語らい

今日は、むっちりした僧侶仲間が来て、こないだニュースになっていた魚の冷凍展示をしたスケートリンクの話をしました。

あれ、みなさんはどう思われましたでしょうか?ネットのアンケートとかを見ると、批判一色の報道とは違い、擁護する意見や問題なしとする意見もありました。むっちり僧に言わせれば、恐竜の化石の展示なども生物の展示だし、水族館だって同じ、命あるものを展示している点では同じなのに何が違っているのかという話でした。確かに、足下に生き物を配置する点はセンスが無かったように思うのですが、展示そのものを批判し始めると、途端に今ある生き物の展示場を廃棄しなければならなくなるでしょう。

脳科学者の茂木健一郎さんは、スケートリンクを作った場所がテーマパークであり、ファンタジーを扱っていることを踏まえ、こんなことをおっしゃっています。

 ″ファンタジー世界の文法では魚を人間のようにして扱う“

今回の魚の氷漬けリンクのコンセプトは「有り得ないシチュエーションで滑走できるリンク」であり、魚の上を滑走できることを売りにしていました。もしかしたら、それが悪趣味に感じられたのかもしれません。茂木さんの言うように、ファンタジーの文法に則り「魚と泳ぐように滑れるリンク」ということにすれば、きっと批判は減っていたんじゃないかとも思います。

一つ気になったのは、命を娯楽にしてはいけないという意見でした。それはニュースサイトの記事で載っていた意見なのですが、僕は少々考え込んでしまいました。

「命を娯楽にする」とは一体どんな時なんでしょう? 私がすぐに思い付くのはハンティング。趣味で動物を殺す、あぁなんと残酷な響きでしょうか。ただ、この趣味をビジネス化したことで動物を保護することに成功しているそうです。殺される動物を制限したり、得た資金で環境を整えることで、人間と動物が共存できるようにしているということでした。またハンティングをする人たちの中には、真摯に自然と向き合い、人間も自然の一部として生活をする人達がいるのも確かなことです。

命を娯楽にしてはいけないことには賛同します。ただ、私にとっては「娯楽として肉を食べること」と「娯楽としてハンティングをすること」は、エゴを満たす点で同じことだと感じるのです。肉として食べるから殺しても良いのか、食べないのに殺すことが本当に悪いことなのかどうか、考え直してもいいのではないかと考えました。

大切なことは、その娯楽によって自分が何を得るのかに気付いておくことなんじゃないかと思います。肉を食べたとしても、その肉のおかげで明日の元気を得ているなら良し。動物をハンティングしても、環境のことを考え、人間と動物の関係を良好にしていくなら良し。こんな感じで考えてもいいのではないかと思います。

もし、自分のエゴを満足させるだけの行為ならば辞めた方がいいのかもしれません。魚の氷づけリンクには、珍しい場所で滑るというエゴを満たす経験しかなかったのかもしれません。そうではなく、ファンタジー世界で滑走できるような工夫や、魚の生態系が学べるような工夫さえあれば、あんな批判を受けることはなかったように思います。

むっちり僧と一緒に、そんなことを話している時、こうきさんはむっちりしたおしりを見て興奮していたそうです。あとで、一緒に坐禅してもらおうと思います。

二丁目寺では、坐禅のやり方なんかもお教えしますので、飲めない方も是非おこしください。それではまた、よろしくお願いしますー。