伏見方丈記 其の弐  振り向けばくずの山!

nancy_1というわけで、このウェブマガジンもどうにか公開となり、クラウドファンディングにも多くの皆様からご協力をいただいております(←まだまだ募集中ですので、よろしくお願い申し上げます!)。

今回のウェブ制作の作業で、PC 音痴の伏見もワードプレスがだんだんこなせるようになってきて、”五十三歳の手習い”も順調です。現在の連載陣以外にも企画がバンバン決まり、やっぱ、アデイのお客様は芸達者が多いなあと感心するばかり。ユニークな書き手候補やネタそのものがすでにそこにいるのですから、お店自体を発信母体にする、というアイディアは我ながらすごい!と自画自賛。

そして、この際、ウェブマガジンのほうに伏見個人のサイトも統合してしまおうと、新しいプロフなど作っていたのですが、恐ろしいことに出版した本を案外忘れていて、本棚やネットで記憶の穴を埋めながらの作業となりました(wikiも正確なデータではなかったので)。うさぎさんみたいに膨大な著作があるわけでもないのに……自分の脳の劣化に愕然とした次第です。

それでも目録を作ってみると、過去の残骸が数十冊は並び、しみじみとした気持ちになってきました。ベストセラーを出したこともないのに、つまりお金にもならないのに、よくもまあこんなに本を作ったことか、と。ゼロ年代までのあの情熱はいったい何だったのか、自分のことながら不思議に思えてきます。91年のデビューから二十年くらいは、脳内にドーパミンが異様に出まくっていたんでしょうね。そう考えたら、ここ数年の、店に出ている以外はふて寝しているかパチンコ屋にこもっているような廃人生活も、まあ、現役時代の反動でしかたないがないんじゃね? と、自分を自分で許せる気持ちになりました。←許してんじゃねーよ!

archive1しかし、本って…出しても出してもすぐにただの紙くずとなって、忘れられていく。そのときには新しかったことも、時が経てばすっかり当たり前のことになって、あるいは、的外れな結果に終わっていて、空しい文字の羅列がそこに残されているだけになってしまう…。その現実に空しい心持ちにもなりますが、この俗世のあらゆることがそういうものだと言えば言えなくもない。結局、大事なことは、そのときに自分が一生懸命に格闘した、という経験以外になく、そのからだの記憶だけが自分にとっての”意味”なのだと思います。

そして、そんなナルシシズムすら召喚しないと後半生を生きていくのは難しい…と感じる自分は、ただ単に日和ったのか、やっと年配者の気持ちがわかるほどに成熟したのか…いったいどちらなんでしょうね?

伏見憲明 / 金土曜担当