「二丁目寺の坊主日記」その3 

〜 二丁目寺、葬儀問題?? 〜

月曜日担当の本多清寛です。先週の二丁目寺は葬儀問題が巻き起こっておりました。

私自身、お寺で生まれ育ったので、法事やお葬式をたくさん見ております。されど、意味も分からないお経を読むことがどうして「死者」のためになるのかがどうしても分かりませんでした。お寺を経営していくために、昔のお坊さんが作ったビジネスなのか? はたまた、遺族が救われるために作られた儀式なのか? そんなことに悩む時期がありました。

日本の葬儀の始まりは、出家した人向けの葬送儀礼をお手本にして作られたものだと言われています。なので、今の葬儀もその名残がたくさんあります。しかし、どうしてそれを一般の人向けに始めたのかがハッキリしていません。

honda1私が葬儀の必要性を強く感じたのは東日本大震災の遺体安置場の話を聞いてからです。そこには非業の死を遂げた死体が何体もあったといいます。弔われずに置かれている死体からは、言葉にならない恐怖を感じたのだそうです。しかし、僧侶が赴き、線香をあげ、お経を読み、弔いの祈りを捧げると、死体はご遺体に変わったといいます。言葉にならない恐怖が、意味の分からないお経によって和らいだのでした。それはもう不可思議としか言えないものだと思います。

私は現場に行くことは叶いませんでしたが、実際に弔いに参加したお坊さんの話は幾度か聞く機会がありました。みんながみんな、最初から葬儀の力を信じていたわけではありませんでしたが、お坊さんに出来ることが供養しかないと割り切り、遺体安置場や火葬場に行くしかなかったのだそうです。繰り返し繰り返し、死者の弔いを行うことで儀式の力が信じられるようになったといいます。

きっと、一般向けの葬儀を始めた最初の僧侶も、非業の死を遂げた人々に対する弔いをせずにはいられなかったのではないかと思うのです。もちろん、それはビジネスのようなものではありませんし、遺族の安らぎのためではなく死者のための弔いだったのだろうと想像します。

私には死後の世界のことは分かりません。けれど、この世で報われなかった故人が、葬儀の力によって報われること、それが遺族の安心に繋がることを信じています。もしかすると、現代の葬儀には、遺族のためのものや、ビジネスとしてのものも存在するのかもしれません。けれど、私にとっての根本はそこには無くなってしまいました。

みなさんの中で弔いとはどんな意味を持っているでしょうか?

よかったらアデイでお話ししたいです。

 

bouzu-profプロフ/ 清寛(しょうかん)和尚。(月曜担当)

1985年生まれ。熊本出身。お寺に生まれお寺に育つ。22歳の時、福井県の永平寺という山奥の修行寺で3年過ごす。修行仲間には相当な迷惑をかけ続けて山を下りる。その後、曹洞宗の研究センターにて仏教を学ぶ。同性婚の問題から、仏教と「性」について気になり、セクシュアリティについて勉強し始めた。生活に役立つ仏さまを模索している。趣味は「こんな時、お釈迦様ならなんて言う?」という大喜利。

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