「二丁目寺の坊主日記」 その4

理想のお坊さん 〜思うようにいかないこの世

南無。月曜日担当の本多です。先日は二丁目寺はじまって以来の盛況でした。あたふたし過ぎて、お酒はこぼすしグラスも割る、お通しを通し忘れること多々というダメ坊主っぷりでした。そもそも、クリスマス後だったので誰も来ないかと思っておりまして、、、準備不足でございました。ご迷惑をおかけした皆々さま、本当にごめんなさい。

やはり人生は思い通りにはいきませぬ。お釈迦さまもそんなことおっしゃってますから、自分の想像通りにいっても、まやかしなのかもしれません。前回なんか、二丁目寺に来て下さった方に「本当にお坊さんなの!?」と驚かれてしまいました。その方にとっては、僕がお坊さんであるということもまやかしになるわけです(笑)

bouzu-4昔、同じようなことを言われて怒りが生じたことがあったんですが、今回は全くそんなことはなく、むしろお坊さんではないと思っていたのに、本物だと感じて下さったことに感謝する気持ちが生まれました。店を閉めてから一人で掃除していると、どうしてムカッとしなかったのか不思議になり、少し考えてみました。

僕が怒ったときのことを思い出してみると、その時はお坊さんとしてあるべき姿を求めていたように思います。ちゃんとしたお坊さんでありたいと思うあまり、冗談で言われた「本当にお坊さんなの?」という言葉に傷ついてしまったのでしょう。けれど、今の僕は「お坊さんって何ができる存在なのだろう」という疑問を持ちながら生きているだけなので、自分がどういうお坊さんであるべきかをあんまり考えていません。目の前の人にとって善い人でありたいなぁ、あったらいいなぁと思っているだけです。出来なかったら反省するし、また今度来ますって言ってもらえたら嬉しがってもだえるだけです。なんともシンプルな行動指針で生きてます。

こんな変化が自分に起きているとは思いませんでしたが、考えてみるといろいろと変わっているみたいです。仏教には一切皆苦という言葉がありますが、これは「人生は苦しみです」という意味ではなくて、「この世界は自分が思うようにいかない」という意味の言葉です。その理由は諸行無常だから。自分も含めたこの世界は変化し続けるもので、一定の状態に固定し続けることはできない。だから思うようにいかないということです。なので、仏教的にいうと思うようにいかないこの世は楽しんでもいいし、苦しんでもいい。どちらでもいいし、どちらでなくてもいい。どれも永遠には続かないものだよということになります。だからこそ、一瞬一瞬を大切にしなさいといわれるわけです。

2016年はいろいろ変化の多い年でした。ゲイバーで働き始めるし、お坊さんメディアの立ち上げもありました。これからは、大きい変化だけでなく気が付かない変化にも気付けるように変わっていきたいと思っております。皆様にとって2017年が良い年でありますように!

 

bouzu-profプロフ/ 清寛(しょうかん)和尚。(月曜担当)

1985年生まれ。熊本出身。お寺に生まれお寺に育つ。22歳の時、福井県の永平寺という山奥の修行寺で3年過ごす。修行仲間には相当な迷惑をかけ続けて山を下りる。その後、曹洞宗の研究センターにて仏教を学ぶ。同性婚の問題から、仏教と「性」について気になり、セクシュアリティについて勉強し始めた。生活に役立つ仏さまを模索している。趣味は「こんな時、お釈迦様ならなんて言う?」という大喜利。

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