目覚めた時、彼はここがどこなのか、自分が何者であるかもわからなかった。

ただ真っ黒な闇の中にいて、何も見えず何も聞こえず、何の気配もそこにはなかった。

ここには彼以外、何も存在していないようだった。

「そうか」と、彼は呟いた。

「私はこの世界で唯一の『存在』なのか」

べつにそれを寂しいとも思わなかったが、少し途方にくれた気分にはなった。

自分が唯一の存在なのだとしたら、何のための「存在」なのだろうか。自分がここに「存在」することに意味はあるのか。そもそも自分はどこから来たのか。自分という「存在」はどうやって生まれたのか。何者かの意思によって、自分はここにいるのか。だとしたら、その「何者か」とは誰なのか。そして何の目的で、自分をここに「存在」させたのか。

闇の中に漂いながら、彼はそのことを考え続けた。ずっとずっと長い間、考え続けた。どんなに考えても、答は何ひとつ見つからなかった。

どれくらいの時間が経ったのかはわからない。そもそも彼には「時間」という概念もなかったのだ。

ただ、その無限とも思える思考の最中に、彼はふと自分の中で何かが蠢いているのを感じた。それは自分の中にありながら、自分とは違う「存在」のように思えた。

「こいつは何だ?」

「俺か?」と、そいつが囁くような声で答えた。

「俺は、おまえだよ」

「おまえが私なら、私は誰なんだ? 少なくとも私はおまえではない。私は私であり、おまえとは別の存在だ」

「おまえは自分の中に『別の自分』がいるとは考えないのか? 確かにおまえはこの世界で唯一の『存在』だ。だが、おまえの中にいるのは、おまえひとりじゃない」

「言ってることがよくわからないな」

「まぁ、じっくり考えてみろ」

彼はしばし沈黙して考えたが、何も理解できない自分に気づいただけだった。頭の中にはただただ茫漠とした無限の闇が広がっていて、目を凝らしても何も見えてこないし、手を伸ばしても何も触れてこない。

この闇のせいだろうか、と、彼は思った。この世界がこんなにも真っ暗だから、自分の頭の中も真っ暗で何ひとつ手掛かりが掴めないのだ。何でもいいから、この目で何かを捉えたい。それがヒントになるかもしれないから。

そうだ、この闇さえ何とかなれば、自分が何者で何のために存在するのかも、わかるかもしれない。闇の中では己の姿すら見えない。姿が見えなければ、自分が何者かわからないのも当然ではないか。

「光が必要だな」

「ほう?」

どこか身体の奥で、そいつが顔を上げて自分を見たような気がした。

「光か。何のために光が必要なんだ?」

「自分が誰なのかを知るためだ」

「自分が誰なのか、わからないのか?」

「わからない。おまえにはわかるのか?」

「もちろんだ」

「なら教えてくれ、おまえが誰なのかを。おまえが私なのだとしたら、おまえが何者かわかれば、私も自分が何者かわかるだろう」

くぐもった笑い声が聞こえた。そして嘲るようにそいつが言った。

「考えたな。まぁ確かに、俺は自分が何者で何のために存在しているのかを知っている。だが、それをおまえに教えるわけにはいかないな。何故なら、それはおまえが自分で見つけなくてはならないからだ」

「私が自分で?」

「そうだ。それがおまえの使命なのだよ。誰の力も借りず、自分だけで自分自身を作り上げることがな。そのために、おまえはこの『無の世界』に生まれたんだ」

「無の世界……」

「そうだ。ここには何もない。おまえ以外には何も存在しない、完全な『無の世界』だ。おまえはここに、自分の世界を作るんだ。どんな世界でもいい。とにかく、おまえがここに作り上げた世界が、そのままおまえ自身ということになる。おまえの作った世界は、おまえを映す鏡なんだよ」

すっかり饒舌になったそいつは、滔々と語り始めた。

「おまえは自分の分身としての『世界』をここに作る。そのために、おまえには、思いのままに『存在』を生み出す力があるんだ。望むものは何でもこの世に生み出せる。ただし、自分の中にあるものしか作れない。おまえの作る世界はおまえ自身なんだから、おまえの中にないものは作れないんだよ。わかるか?」

「だんだん、わかってきたような気がする」

「それはよかった。では、さっそく世界を作り始めるがいい。まずは何を生み出す?」

「光だ」と、彼は即答した。

「光が欲しい。光がなければ何も見えない。形あるものを何も生み出せない」

「なるほど、形あるもの、か。つまり、おまえの世界は『目に見える世界』ということだな? ああ、いかにもおまえらしい考えだ」

彼の耳に、そいつの声は、まるで舌なめずりでもしているように聞こえた。

彼は少し不安になったが、やはり光がなければ何ひとつ確かなものは作れないと確信し、両手を広げて叫んだ。

「光あれ!」

そして、世界は光に満ちた。これが天地創造の最初の日となった。