「二丁目寺の坊主日記」その5

めでたくもあり、めでたくもなし 〜恐ろしい正月の話〜

hotokesama

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

今年もゆるゆると二丁目寺を始めようと思っております。みなさまのお正月はいかがだったでしょうか?僕は熊本に帰省しまして、実家のお寺を掃除し、生い茂った樹木を伐採して身体がガタついております。大変でした。大変ついでにちょっと告知をさせて下さい。

実は、1月7日に臨済宗のお坊さんと対談することとなりました。(http://bookandbeer.com/event/20170107_bt-2/

お相手は川野泰周さんという方なのですが、精神科医でもあり僧侶でもある方

で、本も書かれています(『「あるある」で学ぶ 余裕がないときの心の整え方』http://book.impress.co.jp/aruaru-kokoro/

禅の思想やマインドフルネス瞑想の知見を、精神科医として検証されながら、怒りや苦しみにどう向きあえばいいのかを具体的に語っている本です。そんな方と対談するのは非常に緊張しますが、もっと恐ろしいのは厳しい臨済宗の僧侶であるという点です。

みなさんは「一休さん」をご存知でしょうか。とんち小僧として有名な臨済宗のお坊さんですが、本当の一休さんはけっこう恐ろしい人なんです。お正月にこんな歌を遺しています。

「正月や冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」

これは、正月にドクロを掲げて歩いていたという逸話の中で詠まれた歌です。本当かどうかは分かりませんが、一休さんに会わないように、正月は外を歩かないという風習が出来たなんてことまで言われています。

一休さんはどうしてドクロを掲げて歩いたのでしょうか? 涅槃経という経典にこんな話があります。ある家に美しい福の神が来て、喜ばしいことをしてあげましょうと言うのです。しかし、そのすぐ後ろにはみすぼらしい貧乏神が付いてきています。実は、福の神と貧乏神は姉妹で、必ず一緒に居なければならないらしく、困った家の主人はとうとう二人とも追い出してしまいました。そのまま二人が隣の家に行くと、そこの主人はどちらも受け入れてしまいました。お釈迦様は最初の主人が行ったことこそ、仏教的に正しいとおっしゃっています。

一休さんは、正月で浮かれる人々に、正月を迎えることが死に近づくことなのだと言いたかったのでしょう。ものごとには福の神の部分と、貧乏神の部分が必ずあります。そして、それを踏まえた上で正月を喜べばいいということだったのではないかと思います。どちらか一方しか見ないという生き方をやめて、どちらも見た上で自分で選択をしていく生き方をする。それが仏教的生き方だということなのでしょう。だからこそ、一休さんは、ドクロを掲げて「ご用心、ご用心」と言い続けたわけです。それでも、僕としては荒療治が行きすぎてて恐ろしいと思ってまうのですが…。

僕の臨済宗に対するイメージは一休さんです。川野さんが一休さんのような風狂なお坊さんではないことを祈りながら対談に行きたいと思っております。

それでは今年もよろしくお願い致します。南無。

 

本多清寛(しょうかん)和尚。(月曜担当)bouzu-prof

1985年生まれ。熊本出身。お寺に生まれお寺に育つ。22歳の時、福井県の永平寺という山奥の修行寺で3年過ごす。修行仲間には相当な迷惑をかけ続けて山を下りる。その後、曹洞宗の研究センターにて仏教を学ぶ。同性婚の問題から、仏教と「性」について気になり、セクシュアリティについて勉強し始めた。生活に役立つ仏さまを模索している。趣味は「こんな時、お釈迦様ならなんて言う?」という大喜利。

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