変態の日本史 第二回 男どうしの国作り……元祖バディ物 『風土記』

大塚ひかり(おおつか ひかり)/ 古典エッセイスト

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「バディ物」ってご存知ですか? 私も最近、大学生の娘に聞いて初めて知ったのですが、バディとは相棒・兄弟の意味。シャーロック・ホームズとワトソンや、『東海道中膝栗毛』の弥次さん喜多さん、最近ならドラマ「相棒」のように、主として男の対照的な二人組が繰り広げる物語のことで、ホモに厳しかったかつてのアメリカでは、オープンに男どうしの友愛を示せる貴重なジャンルとして映画・ドラマ界で流行ったそうです。

このバディ物の日本における元祖が、オホナムチとスクナビコナの国作りの物語ではないか。

と、彼らのことを説明する前に言わなきゃいけないのは、『古事記』『日本書紀』には国作りの物語が二つあることです。

一つ目は、イザナキ・イザナミの夫婦神のセックスによって国を修理つくろひ固め成すという神話。普通ならこれだけで良さそうなのに、神話はさらに国を作り堅めた神として、オホナムチとスクナビコナという男どうしを登場させる。

なんで二度も国作りの物語が語られるのか。これが私は不思議だったのですが、西條勉によればイザナキ・イザナミを主人公とする国生み神話は「新しい物語」だといいます。彼らの国生み神話は「伝承的な来歴をまったくもたない」つまりは、官製の『古事記』『日本書紀』のために新たに作られた話である、と(『「古事記」神話の謎を解く』)

一方のオホナムチ・スクナビコナの国作り神話は、各地に伝承がある上、諸国が編纂した土地の報告書である『風土記』や、日本最古の和歌集『万葉集』にも語られている。こちらのほうが日本に古くからあった話なんです。そこへ天皇家の先祖が乗り込んできて、新たに加えられたのがイザナキ神話。とはいえ当時あまりにも有名なオホナムチ神話も無視できず、国作りの神が2ペア出てくることになった。

というわけで、最初に日本を作ったのは、実はオホナムチとスクナビコナという男二人なのです。

この二人の物語がまさにバディ物で、男二人、弥次喜多道中よろしく諸国を旅して、稲種を置いたり、女を口説いたり、時には喧嘩や悪ふざけもする。

ある時などは、

はに”()を担いで遠くに行くのと、をしないで遠くに行くのと、どっちが我慢できるか」

と言い争いになって、大きなオホナムチがうんこを我慢し、小さなスクナビコナが重たい土を担ぐという絵柄的にも滑稽な事態になります。結果、オホナムチが「もう我慢できん」とうんこを漏らした。その時、小笹がうんこを弾いて着物に当たったので、そこは波自加はじかの村と名づけられたとか(『播磨国風土記』)

またある時は、スクナビコナが仮死状態になって、それを見たオホナムチは悔恥而”(悔やんで恥じ)、蘇生させようとして今の別府温泉の湯を伊予まで引いて、スクナビコナを浸した。するとスクナビコナは生き返り、何事もなかったように「ずいぶん寝ちまった」と言って、元気よく地面を踏んだ。その跡が今も残っているといいます(『伊予国風土記』逸文)

一体なぜスクナビコナが仮死状態になったのか、まったく説明がないので不明なのですが、『日本書紀』によると、オホナムチとスクナビコナが出会った時、オホナムチは小さなスクナビコナを手のひらでもてあそんだため、スクナビコナに頬を噛まれたとあります。そんなふうに翫んでいるうちに、スクナビコナは仮死状態に陥ったのかもしれないし、あるいは何か性的なやり取りが二人のあいだにあって、スクナビコナが気絶したのかもしれない。

『古事記』によれば、スクナビコナはカムムスヒノ神の子で、手の指の間から生まれたという元祖一寸法師のような子です。カムムスヒは、伴侶のいない独神ひとりがみの一人で、女神とされますが、子供がいたんですね~。

神にもシングルマザーがいたわけです。

そんな彼女に、

兄弟はらからになって国を作り堅めるがよい」

と指示された二人が国作りしたというのが『古事記』の設定ですが、兄弟ってまさに「バディ」じゃないですか。「傷だらけの天使」の水谷豊がショーケンを「あにきぃ」と慕ったあれです。

古代日本でもバディ物はえらい人気のようで、オホナムチ・スクナビコナのでこぼこコンビは「民間でもっとも人気のある神」(西條氏前掲書)でした。

他のバディ物がそうであるように、そこにはほんのり同性愛の香りも漂っているのですが、夫婦神の国生みを主張した侵略者側には「同性愛より異性愛が正統。男どうしの愛で作られた国よりも、男女の愛で生まれた国のほうが正しい」という意識があったのではないか。『古事記』より中国の男尊女卑思想の影響の強い『日本書紀』にはあづなひの罪なることばもあって、これは「男色の罪」の意と言われていますし。

あるいは女を排除するマッチョな思想から、男どうしの国作りが語られたという考え方も「有り」ですが、『古事記』の場合、カムムスヒという女神に命じられて……というところがミソで、そうとも言い切れないところがある。

いずれにしても、イザナキ・イザナミという夫婦神のセックスでの国作り神話の前に、男どうしの国作りの物語があったというのは、古代日本を考える上で、また今も根強いバディ物の人気を考える上で、興味深いものがあります。

大塚ひかり(おおつか ひかり)

/ 古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

イラスト・こうき