「二丁目寺の坊主日記」その6

「ご利益は現世を変える力」

月曜担当の本多です。

お金を数えていたら、現金が似合わないと言われてしまいました。

清貧な禅僧のイメージなのでしょうか。。。出来ればお金は欲しいんですが(笑)

さて、今回はご祈祷について書いて見ようと思います。

毎年1月には大般若会という法要をやっています。(画像検索(https://www.google.co.jp/search?q=%E5%A4%A7%E8%88%AC%E8%8B%A5&espv=2&biw=1280&bih=703&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwiVlMmJjrfRAhVBs5QKHUp0DoAQ_AUIBygC

ozouniここで祈祷されたお餅を二丁目寺にて振る舞ったのですが、お餅をちゃんと戻すことができず、固いところをお出しする結果となってしまいました。食べて頂いた皆様、この場をお借りして謝らせて頂きます。申し訳ありませんでした。。。

さて、禊ぎも終わったところで、ご利益について考えてみたいと思います。日本には大変ご利益のある御守りがたくさんありますが、それを信じられる人と信じられない人がいます。アデイのお客さんには信じない人が多そうですが(笑)

じつは僕、信じない派でした。御守り自体を否定することはありませんでしたが、それに頼って生きて行くことには否定的でした。なので、気休めに買うのは良いわけですが、気休め程度なので御守りはいらないと思っていました。

今考えてみますと、当時の私が一番間違っているのは「気休め」を大いに見くびっていることです。ストレス社会と呼ばれる現代。そのストレスは気が休まらないことで起きているわけで、気休めこそが大切なことです。一日でも一時間でも、一瞬だけでも気が休まったら、生まれなかったストレスはたくさんあると思います。

御守りの役目は現世利益です。これは現世を変える力だとされています。お経や仏様方のお力を御守りに宿し、基本的に世知辛いこの世の中を変える力を身につけるのが御守りです。その力は信じないと発揮されないわけではありません。(僧侶の言い分だと)信じない人には、この世の変化が見えて来ないだけです。

例えば、御守りを持つことによって気が休まる人は、実際に現実が変化します。気が休まらない現実を感じていたのに、御守りを持つことによって気が休まる現実を感じているからです。自分が感じるこの世界を変える力、それが御守りの力だと思うようになってからは、おまもりが好きになりました。

とかく、御守りとか供養とか、数字に変換できない精神的なものは、科学全盛の現代ではなかなか受け入れられにくくなっているのかもしれません。それでも、初詣なんかを見ていると、気休めを気休めとして楽しむ人達がたくさんいて安心します。

これからも、ちゃんとした気休めをお届けできるように、二丁目寺をやっていこうと思っております。今年もよろしくお願い申し上げます。

 

bouzu-prof清寛(しょうかん)和尚。(月曜担当)

1985年生まれ。熊本出身。お寺に生まれお寺に育つ。22歳の時、福井県の永平寺という山奥の修行寺で3年過ごす。修行仲間には相当な迷惑をかけ続けて山を下りる。その後、曹洞宗の研究センターにて仏教を学ぶ。同性婚の問題から、仏教と「性」について気になり、セクシュアリティについて勉強し始めた。生活に役立つ仏さまを模索している。趣味は「こんな時、お釈迦様ならなんて言う?」という大喜利。

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