大塚ひかりの「変態の日本史」 第三回 

男装して弟と子作りするアマテラス 『古事記』『日本書紀』

 一時期、弟とセックス……とまではいかないまでも後ろから抱きつくといった性的な行為をしている夢を立て続けに見ることがあった。そんな願望など少しもないのに。

 妙な夢を見た時の常で、夢占いのサイトを検索してみると、

「肉親と性的な関係を持つ夢は、厄介ごとを持ち込まれる。夢主がその相手が持ち込んでくる問題を疎ましいと思っていること」 (「無料占いとスピリチュアルカウンセラーのコラムサイト」)

を意味するとあって、現実は別として、当時の私の心境はまさにそれに近いものがあった……と、夢占いの底力に震撼しましたよ。

 古代人にとって夢は神や冥界からのお告げであり、運命を占う重要なアイテムでした。法隆寺の夢殿も聖徳太子が夢を見て異界からのメッセージを受け取る聖所を記念したものであったといいます(西郷信綱『古代人と夢』)

 『日本書紀』には夢で皇位継承者を決めた記述もあり、夢は「公的な意味」(西郷氏前掲書)さえもっていたんです。

 そんなわけで私も夢占いには一目置いているわけですが、日本神話には、読むたび「これはアマテラスの見た夢なのでは?」と思ってしまうエピソードがあります。

 それがアマテラスと弟スサノヲの子作り神話です。

 始まりはスサノヲのいとまごいでした。

 スサノヲはひげが胸まで垂れる大人になっても泣きわめくことをやめず、海や山をカラカラに乾燥させた。スサノヲは海の神。ということは古代人の考え方からすると海そのもの、水そのものですから、彼が泣くと地球の水分が枯渇するシステムになっている。そんなふうに国を荒らしたため(『古事記』によれば「母のいる根の堅州国に行きたい」と言ったため)激怒した父イザナキに「この国から出てけ」と言われ、「じゃあ高天原の姉に挨拶しよう」と天に向かったところ、なにしろスサノヲは巨大な神ですから、国土が激しく揺れ動いた。その気配に驚いたアマテラス、

「弟がここに来るのはきっとろくな魂胆からじゃあるまい。私の国を奪おうとたくらんでいるに違いない」

と思うんです。この手の発想、ふだんコミュニケーションのない親族にありがちです。たまに連絡があると、「金? 保証人? 何かやらかした?」等々、とにかくイヤな予感しかしない。実際はそんなことはなくても、身構えてしまうんですね。

 で、アマテラスは戦闘態勢に入る。

 髪型も服装も男子の姿になって、背には千本入りの矢入れ、脇腹には五百本入りの矢入れを装着、硬い土に股<もも>が埋まるほど踏み込み、地面を沫雪あはゆきのように蹴散らして男建をたけび”(『古事記』)して威嚇します。

「何が目的で来た!

「や、やましいことはなんもないっすよ」

「どうやってお前の潔白を証明する!?

 アマテラスが問うと、スサノヲが答えるには、

「なら、神に誓いを立てて、子を生みましょうや」

ということになる。ここがほんっとーに飛躍してると思うんですが、潔白を証明するために、二人で子作りすることになるんですね~。しかも男装&武装姿の姉と弟が……

 その子作りが実に幻想的なんです。

 アマテラスがまずスサノヲのいていた剣を求め受け、三つに打ち折り、玉の音もゆらゆらと天の神聖な泉ですすぎ、噛みに噛んで吐き出した息吹の霧から、三柱の女神が生まれる。

 次にスサノヲが姉のアマテラスの髪や手に巻いた玉を求め受け、三つに打ち折り、玉の音もゆらゆらと天の神聖な泉ですすぎ、噛みに噛んで吐き出した息吹の霧から、五柱の男神が生まれる。

 『愛とまぐはひの古事記』でも書きましたが、剣は男性器、玉は女性器の象徴。それを互いに求め受け、噛むというのは、それらが象徴する性器を重ね、まぐはふことを意味する。二人は姉弟でセックスし、子を成したのです。

 ところがこの子作りのあと、二人の亀裂は決定的になる。詳細は『古事記』『日本書紀』や拙著を読んでほしいのですが、身の潔白を証明したスサノヲは勝ちに乗じて姉アマテラスの田を破壊し、新穀を召し上がる神殿に脱糞した上、神の御衣を織る機屋に皮を剝いだ馬を投げ入れた。そのため天の機織女が驚いた拍子に機織り道具でほと”(まんこ)を突いて死んでしまうんです。そのショックでアマテラスは天の岩屋戸にこもってしまう。

 なにもまんこを突いて死ななくても……と思うんですが、『日本書紀』によればこの時、機織り道具で怪我をしたのはアマテラス自身となっている。天の岩屋戸にアマテラスがこもるというのは太陽神であるアマテラスの死を意味するとも言われ、まんこの損傷で死んだのはアマテラス自身と考えていいでしょう。

 直前には二人で子作りしていたのに、なぜ……あの幻想的な姉弟婚は、続く悲惨な現実を暗示するアマテラスの予知夢だったのでは……私にはそんな気がしてなりません。

 もちろん日本神話では、姉弟婚は「現実の出来事」という設定で、男装した姉と弟のセックスというクィアな方法で生まれた男神の一人が、アメノオシホミミノ命という初代神武天皇の高祖父になる。そうしたことが国家の正統な歴史書に書かれている。それも「変態」とか「変わってる」とか、まして「いけないこと」といった意識などは微塵もなく、すべてはさらりとフツーに書かれているのです。

大塚ひかり(おおつか ひかり)

 古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

イラスト・こうき