伏見憲明の書評

山根明宏 著『ねこの秘密』(文春新書)

社会学者の山田昌弘氏は若い頃、ペットも家族だ、ということを主張して学会関係者に一笑に付されたという。しかし今日、ペットも家族の一員だという意識は少なからずの人たちに共有されるようになり、学問においてもそうした位置づけで分析されるようになった。周囲を見渡しても、単身者で犬やねこを飼っている人はけっこういて、動物はもはや単なるペットではなく、人生の伴侶の役割すら担うようになっている。

かくゆう私の乾いた毎日を潤してくれるのも、一匹のねこだったりするのだが、四十年以上ねこと生活を共にしているというのに、彼らのことをあまりにも知らなかった。と教えられたのが、山根明宏 著『ねこの秘密』である。

我が家の愛猫ふくちゃんは、生後3ヶ月くらいのときに保護先からもらわれてきて、すでに5年ほど一緒に過ごしている。けれども、なついているというにはいつもツレない態度で、餌をもらうときと、暖を求める極寒時以外はとくに親しげに近よって来ることもない。それを「性格が悪い!」と思っていたのだが、著者によると、ねこは生まれて3~9週間くらいに人と触れ合って良いイメージを持つことができなければ、ずっと人間に対して警戒心を持ち続けるのだという。

ふくちゃんはうちに来たときにはすでにそうした「社会化」の時期を過ぎていたことになり、道理でどんなにしつけても「かわいい猫」にはならなかったはずだ。何年一緒に暮らしていても、異様な警戒心が解けない様子からして、生まれたばかりのとき、何かトラウマになるような経験があったのかもしれない。

そんなぐあいに、ねこについてあまりにも無知だった自分は、ねこを人生の伴侶とする資格がなかったと反省するばかりである。妻のことを理解しようとしない夫が女性差別的だと非難されるなら、同居するねこのことを理解しようとしない飼い主も、人間中心主義として否定されてしかるべきだろう。そういう意味では、『ねこの秘密』を学ぶことは愛猫家にとって必須のはずだ。この本ではねこの歴史的な由来からその生態、誕生から性行動、死ぬまでの一生が、動物学者によってわかりやすく解説されている。

とりわけ、その性行動は面白い。発情したメスねこに対してオスねこは壮絶な争いをして求愛するのだが、どういうメスがモテるかというと、これが人間と反対?なのだという。「…仔ねこを産み育て上げたことのない、あるいはそういう経験の少ない若いメスは、オスにとってはあまり魅力がないようです。…これまでに何度も繁殖し、仔ねこを何匹も無事に育て上げたメスは、たくさんのオスから求愛を受けることになります」。なんと、ねこ界では熟女、それも子持ちが大人気なのである!

また、群れでの順位を無視して若いオスと恋の逃避行をするメスがいたり(近親交配を避ける行動らしい)、オス同士の間に「同性愛」に見える現象が存在したり(でも、実は、マウントした相手の生殖への欲求をそぐためという説があり)…ねこの性愛行動も一筋縄ではいかない。人間同様、性が、子づくりのみならず、ねこ同士の関係やねこ社会のなかにさまざまな形で現れ、機能している様をそこに見ることができる。

また、日本では年間十二万匹を越えるねこが殺処分になっていて、著者はそれを深く憂いている。まったくの善意から、野良ねこに餌やりをすることで、栄養過剰になったねこがエネルギーを繁殖に回し、爆発的に増殖。結果、住人たちに疎まれるようになることも、その一因となっているのだ。孤独な高齢者の行き場のなかった愛情が、野良ねこに向かい、その愛ゆえにねこを不幸にしてしまう不幸の連鎖! ねこと、ねこの社会を深く知ることよって、私たちは自分たちと、その社会を理解することもできる。それはきれいごとでは済まされない、私たちの欲望の利己的な面をも皮肉に映し出しているのだ。

他にもこの本で目からうろこが落ちたことは多い。私は、鰹節を振りかけたご飯は食べないのにキャットフードには目がないふくちゃんを、これまでずっと「贅沢者!」と罵ってきたのだけれど、猫には炭水化物をエネルギーに変える機能が発達しておらず、動物性タンパク質を摂取することができるなら、そちらのほうを好むのが当然だと学んだ。ねこの気持ちも知らないで、餌代がかさむのをねこの「贅沢のせい」にしていた自分を恥じるばかり…(汗)。

(初出:現代性教育研究ジャーナル)