「おしえてLGBT !!」第二弾    ゲスト・赤杉康伸 / 石坂わたる

「多様性」を謳うものほど「多様性」を認めない!?

もはや「古参」と呼んでいいLGBT活動家の赤杉康伸さんと、中野区議の石坂わたるさんをゲストに、LGBTの「政治」についてお話しを伺いました。歴史を知らないものに現在を語る資格なし、ということで、LGBTのアクティヴィズムが歩んできた道程の一端を、おふたりと語り合った二時間!(伏見憲明)

・幼稚園児から筋金入りの…!?

伏見:「おしえてLGBT !! 」の第二弾ということで、石坂さんと赤杉さんに来ていただきました。今日は「政治」というテーマでお話を伺おうかと思います。最初はお二人の活動をたどりながら、時代の変化というものを振り返ってみようと思います。

石坂さんのことは随分昔から知っているような気がするんですけど、いつから僕を知っています?

石坂:僕は17歳の時にパソコン通信が流行り始めて、UCギャロップ(ドラァグクィーンのブルボンヌさんが主宰するパソコン通信のコミュニティ。そこから出発したグループが今に至るアッパーキャンプ)のイベントで伏見さんを観たのが最初です。93年だから23年前。まだ高校生でした。

伏見:えっ、そんな若かったの!?

石坂:そうですよ(笑)。

伏見:僕が最初の本を出版して、いちばんお転婆盛りな頃ですね。石坂さんはその時にはもうゲイリブ的なことに興味があったんですか?

石坂:興味があったんでしょうね。手に入る情報のままにあちこち行ってみて、その中でゲイリブ的なことにも関わったし、UCみたいな遊びの要素が強いコミュニティのオフ会にも参加した。みんなで花見をやったりとか、博物館に行ったりとか。

伏見:僕の記憶では、石坂さんは『家路』っていうミニコミを作っていた。

石坂:『家路』も自分が高校3年生くらいですね。あれは親を支える会、ペアレント・サポート・グループ(PSG)が作った冊子だった。ゲイ・レズビアンの子どもがカミングアウトを自分たちの親にした時に、親が孤立をしてしまうことが少なくない。子ども同士の繋がりはあるんだけど、親の方にも繋がりがあった方がいいよね、っていうことで始めた。

伏見:石坂さんは高校時代にはもう親にカミングアウトしてたの?

石坂:してましたし、ほかのメンバーもしてる人が多かったです。自分はあの頃一気に、親にカミングアウトをして友人にもカミングアウトをして、UCとかパソコン通信でいくつかのグループに関わり、アカーの裁判(府中青年の家事件)の傍聴人にも行き、94年に南定四郎さんが主催した最初のパレードにも参加した。

伏見:へえ、第1回目に歩いているんだー。

石坂:歩いています。はい。

伏見:石坂さんがカミングアウトした時の親御さんの反応は?

石坂:3年くらい揉めましたね。親としては、頭で理解していても気持ちがついていかない状態だったんです。ゲイの話題に触れなければ揉めないんだけど、そのままだと何の解決にもならないので、自分はあえて球を投げ続けていて、その度にもめていました。

伏見:まあ、高校生だしね。親にしてみれば「自立もしていないガキが何を言ってやがんだ」みたいなところもあるからね。

石坂:大学生になったら、親の方も落ち着きましたけど。

伏見:お話しを伺っていると、石坂さんはもう最初からリブっ気が強かったということね。

石坂:そうですね。自分は中学校の頃に生徒会役員として校則を緩くするように学校と交渉したりしていたりとか、権利を主張したがる子でした。

伏見:ちょっと左翼的な色がついている感じの?

石坂:そうですね。その時はそうでした。そういえば、自分が入った幼稚園は、先生とかがほとんど共産党員で、保護者の会の役員とかが来ていると赤旗の購読を勧められるところでしたが、いじめにあった時に先生から「アンタが男らしくないからいじめられるんだ!」って対応されたことに、幼児ながら反発していた(笑)。

赤杉:この人、通園拒否したんだって!

伏見:共産党よりももっと左!?  幼児左翼!(笑)

石坂:左の方も左で欺瞞なわけで……

赤杉:言っちゃえ、言っちゃえ(笑)。

伏見:左翼も昔は同性愛のことを差別していたからね。

 

  • 出会いは“チラシ交換”

伏見:ところで、石坂さんと赤杉さんが知り合ったのはいつなの?

赤杉:えーっと、2000年に復活した東京のパレードの時に。私はその前の年に札幌のゲイ・コミュニティにデビューして、2000年は札幌ではパレードがなかったんだけど、代々木公園の会場でチラシを配っていたら、石坂もAGPって団体のチラシを配っていて、チラシ交換したのがきっかけです。

伏見:チラシ交換が出会いって(笑)すごくマニアック!

赤杉:だよね。自分で言って自分で引いた(笑)。

伏見:石坂さんはその頃は、AGPっていう団体に所属していた。

石坂:アッパーキャンプとほぼ同時並行でさっきのPSGも入っていたし、あとは(故)春日亮二さんが立ち上げたパソコン通信のガンヘッド、あとはパソコン通信で外国人のゲイの方がオーナーをやっていたGNJ(ゲイネット・ジャパン )だとか、アカーの準会員にもなっていたし、教育系のグループを立ち上げるとか立ち上げないとかって話が出ている時期で……

伏見:団体マニア?(笑)  AGPは医療系のグループだよね。

石坂:一応、医療・福祉・心理・教育の四本柱ですね。

伏見:それで赤杉さんは札幌の……

赤杉:札幌ミーティングというLGBT当事者団体に、ちょうど大学の学部から大学院の修士課程に上がる時に入った。アクセスしたら、同じ学部の同じ教授が事務局長だった!

伏見:それが何年なんですか?

赤杉:99年。

伏見:なるほどね。じゃあ、石坂さんの方がリブ的には古株なんだ。

赤杉:活動歴は先輩でしたね。

伏見:活動歴が長いほうがいいのか短いほうがいいのか分かんないけど(笑)、そんな運命の出会いが東京のパレードであって、チラシを交換した瞬間ビビビっと来たわけ?

赤杉:いや、覚えてないんです(笑)。

石坂:赤杉はその時のことを覚えてないんです。

赤杉:渡したことは覚えているんですけど。自分、東京の夏ってほぼ初だったんですよ。その年のパレードって8月末で本当に暑くて、東京の団体の人とも初めてご挨拶した感じで右も左もわかんなくて……渡したことは覚えているんですけど、記憶がはっきりしない。

伏見:赤杉さんは札幌ミーティングにアクセスをしようと思った時には既にリブっ気があった?

赤杉:僕は元々、政治学をやっていて、ゼミの先生が市民活動をやっていたんです。それにお供して色々な市民活動に足を突っ込んでいて、政治経由で入ってきたんですよ。リブをやるっていうよりも政治に関心があった。

伏見:じゃあ、札幌ミーティングに連絡した時には、政治をやろう!っていう意気込みだったんだ。

赤杉:伏見さんはご存知だと思うんですが、ケンタくんっていう札幌ミーティングのメンバーがやっているバーに通っていたら、「札幌ミーティングに行ってみなよ」って勧められた。札幌には市民活動を紹介する雑誌があって、札幌ミーティングはそれにも載っていて、前から存在は知っていたんですけど、「こういう団体に行ったら、もう抜けられなくなる、怖い」っていうのがあった(笑)。でもバーに行って話してみたら一人一人は怖くなくて……。

伏見:でも、アンタ、結果としては抜けられなくなっちゃったんでしょ!

赤杉:そうなんです!

会場:(笑)

赤杉:このザマですよ(笑)