【パヨクのための映画批評 3】

職場で戦う女性の物語 

~「愛は霧のかなたに」(”Gorillas in the Mist ”、アメリカ、1988年)~

 

今回は、職場でやたらとアグレッシブになってしまう女性を描いた映画について考えてみたいと思います。異様にルールに厳格、自分の領域内では一切のミスも例外も許さない、そんな女性、職場に一人はいますよね。私はそのような心理状態を「世界対あたし大戦」と呼んでいます。その部門において、パヨク界最高峰の座におられるのはもちろん、江青夫人。夫のやらかしたこと全てを堂々と引き受け、「主席、あなたの元に参ります」な革命の人生を全うしました。

その手の女性たちの革命を描く伝記映画のラストは現実通りに壮絶になりがちです。それに引き替え、伝記映画の中の男たちはどうでしょう。妻に支えられて輝きのラストシーン迎える軟弱ぶり! パッと思いつくだけで10本くらい挙げられます。

軟弱な男の物語はまたいつか考えてみるとして、今日は「世界対あたし大戦」(以後、セカアタと略)映画の傑作「愛は霧のかなたに」を例に取ってみましょう。

1960年代、単身アフリカに渡り、ゴリラ研究に一生を捧げた実在の女性、ダイアン・フォッシーの物語です。それをシガニー・ウィーヴァー様が熱演しました。

ダイアンは、ゴリラ保護に心身捧げちゃって、近隣住民や観光客を脅したりしてトラブル起こしまくってた様子ですが、自分の行為を仲間に咎められても優雅な笑顔で一蹴。だって社会変革なんですもの。変革に犠牲はつきもの(こういう言葉、親の口から聞いたこと、無いの? ダメパヨク!)、と言わんばかりに。要はうっすら傲慢なんだけど、シガニー様の長身と強めの容姿のせいでそう見えるのかもしれません。

もう一度見直してみて、ダイアンの暴走を非難する視点も描かれていることで、本作はセカアタ映画としてより高い次元に達しているのだと感じました。彼女はゴリラを守るために全てを捨ててしまい、全人類を敵に回した革命烈女として描かれているのです。私の勘違いかもだけど、この作品、監督がイギリス人だったからそういうニュアンスが出たんじゃないかしら。

ところで、オスカーを初めて受賞した女性監督は2010年のキャスリーン・ビグローさんですね。彼女は、セカアタ専としか思えない女性遍歴のジェームズ・キャメロン監督の元妻の一人です。で、キャメりんは、「エイリアン2」(1986年)の監督としてシガニー様とお仕事なさっています。そして彼は、その後のSF女性は全員タンクトップで戦ってるという錯覚を起こさせる程に「戦う女性」を演出し、シガニー様に最初のオスカーノミネーションまでもたらしました。無冠の名優なのよね、シガニー様は。

そういう巡り合わせにより、80年代後半のシガニー様は、宇宙でエイリアンクイーン退治する母親(キメ台詞「Get away from her, you BITCH!(彼女から離れなさい!クソアマぁ!)」)、ゴリラ守った研究者、大手コンサル会社のやり手部長(「ワーキングガール」(1988年))と、まさに80年代アメリカを代表するセカアタ女優ランキング堂々の1位に輝きます(そのランキングどこでやってんだよ)。

さて、本作のラストは寂しく悲しいが、社会変革に命を投げ出した烈女伝として、年に1回は観たい映画です。でも、パヨク・リハビリプロセスの中では、却って逆効果になる可能性もある劇薬ですからご利用に際しては十分お気をつけください。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。