伏見方丈記 其の九

先日、吉田秋生さん(漫画家)と三浦しをんさん(作家)をゲストに迎えたトークイベントを催し、これで online のコンテンツにすべく企画したイベントをすべてこなすことができた。ここ数年、半ば隠居生活を送っていたので、急に人前での対談などを連打して、やはり心と体が追いついていかないもどかしさがあったが、どうにか無事に終えられてほっとしている(←まだ収録したものを半分もアップできておらず、休んでもいられないが、汗)。

とりわけ吉田さん、三浦さんとの鼎談は雰囲気が良くて、後でお客さんたちにも「贅沢なイベントだったー!」とずいぶん感謝されたので、頑張った甲斐があった。こんなに online に心血を注いでいるのに、宣伝になるどころか、むしろ集客を減らす結果に肩を落としていたので、若干、気力を取り戻すことができた。まあ、水商売に求められるものと、表現ごとに求められることは違って、対談などを面白くしようとすれば自分を尖らせないとならず、その切っ先はどうしても誰かを傷つけてしまうから、バーの宣伝には適さないよね。

いちばん腐っているとき、クラウドファウンディングで集めた資金で online だけ続けて、アデイはやめるか!(怒)とか自暴自棄な気持ちに陥っていたのだが、よくよく考えてみれば、アデイをやめてもそれで人生が面白いか?と自問すると、けっしてそうではない。というのも、今の伏見の人生を充実させているものは、店のお客さんたちやスタッフとの関係で、とりわけ年若い世代との交流は他では得られないものだから。

先週の土曜日も平均年齢21歳くらいの店内に、53歳の伏見が一人加齢臭を漂わせているような営業だったのだが(臭)、とりあえず、若い子たちにかまってもらえるのは自分がママをやっているからで(←彼らの世代は物書きとしての伏見を知らない)、そうじゃなかったらきっと、ナニこの鬱陶しいデブは? と敬遠されるだけだと思う。会社などの職場だって、50代のおっさんだったら役職として下の世代と接することができても、彼らと打ち解けたコミュニケーションができるか、といえば、そうでもないだろう。

ところで、どうしてヤーングたちに関わる必要があるのかと問われれば、やはり、年を取ってくると、新しい情報や感性に触れる機会が減ってきて、日々がワクワクしなくなってくるからだ。間違ってもらっては困るが、それは性愛とは別の欲求。ムラムラではなくワクワク。しかし中高年の心には”青春汁”がビタミンでも、若い人たちが”加齢臭”を求めることはないわけで(←比喩です)、その非対称性が空しい。自分たちの若い時分を振り返ってみればわかるが、ヤーングにとって年配者は、取扱注意のお荷物にすぎない(フケ専でもないかぎり)。だから、ゲイバーという箱を開けていると、ミツバチのように向こうから”青春汁”を運んできてくれるのだからありがたい。

それと、伏見は子育てをした経験がないし、子供が欲しいと思ったこともなかったのだが、この年になって、若い人たちの成長を見守ったり、そこにちょっとだけコミットさせてもらうことに喜びを感じるようになったのは、自分でも意外だった。「親」というのがどういう感情を抱くのかわからないが、交流のあった下の世代がいつのまにか世の中で活躍している様子など耳にすると、何気に嬉しく思うのだ。もちろん、器の小さな伏見のことだから、「くそっ、負けた」という嫉妬心もないわけではないのだが(汗)、自分の生の延長線上に彼らの可能性を見るのは、案外心地よい。昨年、かつてバイトだったヒントン義人君を27歳で亡くして以来、その思いはいっそう深まっているように思う。

そういう意味では、伏見の50代の日々になにより意味を与えてくれているのは、アデイの若いスタッフたちとのコミュニケーションかもしれない。彼らはそれぞれ個性的で、見ていて飽きないのである。いつもは文句を言ってばかりいるのだが、実は、感心することも多い。一人一人ちょっと紹介してみよう。

伏見の評価でも、お客さんたちの評判でも、いちばん店子としての完成度が高いのは、てるとら君かもしれない。すでに写真家として賞を受賞している才能を抜きにしても、カルチャー方面を中心にした教養の広さと(昭和の映画などもカバーしている!)、そつのないコミュニケーション・スキルは抜群で、気難しいお客さんも安心して任せられる。だけど、彼に対して伏見のあたりは厳しい。というのは、「んなところで小さくまとまっちゃあかんよ!」という老婆心からで、可能性に見合ったステージに行くには、今の予定調和を一度壊さないとダメなんじゃない? と言いたいからだ(大きなお世話)。

イケメンのふせん君は、ある意味で、アデイというか伏見の世界観と最も距離がある大学生。それは共有しているものがそんなに被らないということで、悪い意味ではない。でも、だからこそ彼がアデイには必要で、彼の忌憚のないもの言いによって、伏見が等身大の自分を観る目を失わずに済んでいる、と言っても大袈裟ではない。あるいは、彼の存在がアデイを外に開いているとも思っていて、けっこう感謝している。時にタメ口からの鋭い指摘にギョッとすることもないではないが(笑)、彼は率直なだけで他人を傷つけようとしているわけでなく、むしろ誰よりやさしい。そして、やはり、飛び抜けて優秀。

こうだい君(というか最近は「ふんどし!」と呼び捨て)は、ガチムチ系がタイプの向きにはたまらないフェロモンを放出しているらしい(←虫か)。でも先日、初心者ゲイが多い店内で自慢の褌姿になった途端に、蜘蛛の子を散らすように客がいなくなるという事件があり! そろそろお色気勝負にも陰りも…(笑)。そんな褌アイドルが、どうしてアデイのようなお色気とは縁のないバーで働いてくれるのか謎だったのだが、よくよく話しを聞けば、こうき副店長と同様、子供時代けっこうなサバイバーで、あの(張り付いたような)笑顔の奥には、言葉にできずにきたいろんな思いが隠されているのであった。それゆえか、店子の中ではいちばん利他的な心根がある。

こうき副店長は、その腐海のような内面が、アデイonline で展開される彼のイラストからも十分察せられるはず(王蟲がいっぱい)。でも絵描きとしてはもの凄い才能でしょ? よく心のこもっていない接客を指摘されて、「心がこもっていないんじゃなくて、心がないの!」と伏見がジョークにしているが、ほんとうは心もあって(当たり前)、誰よりも傷つきやすく、繊細だったりする。だからこそ、自分を守るためにぶ厚い仮面をつけて、ときをやり過ごしてきたのだろう。性的な野心もないのに伏見が寵愛を注いでいるわけだが、彼に期待するのは、「人をあやめないで生きていってほしい」ということ。←期待値低すぎ。ともあれ、今のアデイは彼なしには回らないので、実質的にも副店長である(手当は出さん)。

そして新人のづんた君は、入店早々、爆発的な動員力で、その人気を見せつけた逸材。もちろん、見た目もゲイにモテるぽっちゃり素朴系で、あるいはちょっとした魔性子かもしれない(笑)。ただ、性的魅力だけであんなに友人たちを集められるはずもなく、きっと、ある種のカリスマがあるのだろう。一緒にカウンターに入っていても、とても礼儀正しく、気持ちよいオーラを放っていて、こうき副店長が闇の申し子なら、づんた君は光の申し子といった感じだろうか。でも、伏見の勧誘アンテナがピンときたということは、明るいだけではない屈曲もあるはずで、それがどんな面白みを秘めているのか、今後、期待が膨らむ…。

こういう若いスタッフに囲まれて仕事ができる自分は心底幸せだなあと思うのだけど、多幸感だけでは生きていけないので(マネー!)どうか飲みに来てくださいね。スタッフのシフトは、アデイonline の方に記してあるので、興味のあるスタッフの日に足を運んでいただければ! うちは枕営業推奨店なので、店子に野心を持ったお客さんはトライしてみるのも一興ですよ!?(笑)

http://aday.online/bar/schedule/

伏見憲明