「パヨクのための映画批評」9

「ありのまま」を選ぶ「男の物語」~「ブック・オブ・ライフ 〜マノロの数奇な冒険〜」(”The book of life”、アメリカ、2014年)~

2014年春、「ありのままを見せるの」という歌を国民がこぞって歌い始めたため、日本全国の露出狂を動揺させたに違いないアニメ、「アナと雪の女王」ブームのこと、ご記憶ですか。

例の歌を歌う動画を公開前に流しておいて、一番いいところを日本語歌唱パートに割り振った人、本当に賢い。2013年秋に公開された映画を半年も置いといた挙句、春に公開するうえで、あの動画作戦は効いた。ディズ様のその戦略的なところ、好きよ。

さて、「ありのままの」については言いたいことが山のようにあるが、今日は、その1年後、DVDスルーされて埋もれていたもう一つの「ありのままの」系アニメ、「ブック・オブ・ライフ」についてお話したいと思います。

どうやら学校に馴染めないらしい、生意気な子供たちが美術館見学にやってくる。そこで係員の女性は彼らをメキシコ展示ゾーンに案内、巨大な書物「命の書」を前に、死者の国を旅した若者のお話を語り始める。お話の中のお話、として語られる「生」と「死」と「愛」についての物語。

まず絵がいい。メキシコ独特の色使いやドクロデザインに目を奪われます。

そして本作、「死者の日」というメキシコのお盆のような祭りがテーマなのですが、子供向けアニメ映画で「死」が明確に画面に出てくるのが珍しいようです(日本だと普通のことですが・・・セーラー戦士とか2回位死んでるし)。製作者・出演者達もインタビューの中で「死を子供にどう教えたものか」ということに言及していました。

他に、メロンパンにそっくりな死者の日パンというのが出てきますが、食べると本当にメロンパンの味がするの。

そして目ざといディズ様、今年冬に同じく「死者の日」でピクサー作品やるそうよ。お手並み拝見と行こうじゃない・・・ゴゴゴゴ

さて本作、ロマンスの部分は、2人の若者と1人の女、という例の「1人の女を巡るホモソーシャル」話であああんな展開。ところがいきなり若者が死ぬwwww死ぬときの描写もかわいい小さいドクロが飛び散ってタツノコプロ思い出してしまってただもんじゃない。そして死者の国が現れるのですが、そこは終わりのないカーニバルの世界。ドクロモチーフにした超カラフルな世界が広がってる! ってか死んだ後の方がみんな元気そう!

声優陣も面白い。主人公マノロはディエゴ・ルナ(メキシコ)、ヒロインのマリアにゾーイ・サルダナ(プエルトリコ系)、ダニー・トレホ(メキシコ系・元犯罪者おじさん)、プラシド・ドミンゴ(メキシコ育ちスペイン人)。ってあんた、三大テノールの!? この無駄遣い感好き。そこに、マッチョを象徴する友人ホアキンにチャニング・テイタム(この人は非ラテン系)。音楽はアルゼンチン出身のグスタボ・サンタオラヤ、製作はダークファンタジー聖人の一人、ギジェルモ・デル・トロ様。南北アメリカのラテン・パワーを集結させた総決算みたいな、でも北米アニメなのよね~それは「人はやって来て、また去っていく。でも本当の愛は死なない」というセリフがあるから。

でもねえ、最後、舞台の街から遠ざかり、メキシコの国土がマチズモの象徴であるひげ付の顔として描かれるシーン、皮肉なんだけど、印象深かった。

本作が特別な存在になる瞬間、それは、男が「押しつけの男らしさ」の殻を破ることで逆説的に「本当の男」になるというところでしょうかね。押しつけの役割である闘牛士として戦うのか、本気で打ち込める歌で戦うのかと選択を迫られるところでね。そこで男の物語としての「ありのままの」というテーマが語られる。

ただね、「世界対あたし」系と比べると、やっぱ男って何かこう軟弱。女を巡って対立!  戦いに勝つと女が与えられる!  そしてまた女が危機に!  そんな中でマリアが言う「子供じみた真似は止めて!」「男っていつもそう(呆れた顔)」というセリフ。これが限界だな!「男の子」が作る映画としてはよくやった。

私は、死という現実を子供に突き付けた上で「自分の物語を書いてごらん!」と投げかけるラストに完全にヤられました。リベラル全盛時代のアニメとしては最良の部類に入ると思います。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。