パヨクのための映画批評 10

ファンタジーとして見る老いと衰え~「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(” The Iron Lady”、イギリス、2011年)~

 

マーガレット・サッチャーと言えば、オネエの憧れ、「世界対あたし大戦」においてほぼ勝利を収めた女性。国内の猛反発の中でイギリスという国を立て直したお方。彼女のおかげで世界は変わったと言えます。

マーガレット様が首相になった80年代当時は、混迷を極めた時代。外から見ればね、レーガン、サッチャー、中曽根、というような、サヨクからしたら不倶戴天の保守の時代で。ベルリンの壁の向こうにはゴルバチョフさんいてね、マーガレット様も後で著書で「アタシはソ連をぶっ潰すことに関わった」的なこともおっしゃったみたい。しびれるわー、そこんとこ映画で観たかったわー。

さて21世紀の今、彼女はどうなっているのか? 「セカアタ」人生が気になりますよね。しかしね、本作、映画としては評判が悪いらしいです。サッチャーの苦悩が描きたいのか、彼女を取り巻く政治を描きたいのか、2011年という時期にオープンリーレズビアンの監督が保守の守護聖人みたいなサッチャー氏を描くとはどういうことなのか…そういう意味での掘り下げは弱く、期待はずれと言ってもいいでしょう。この外れクジ!!

でも私は、この映画を劇場で観て、最後の方、画面を直視できないくらい、まさに号泣状態でした。嗚咽を抑えようとして頭痛が出る程だったの。全くそんな映画だと期待もせずに、暇つぶしに映画館に行ったのに。

前半は意気揚々と政治の世界に挑戦していくマーガレットを描きます。政治の世界にデビューするタイミングで、羽化してメリル・ストリープ大先生という蝶にメタモルフォーゼ…スケール感すごくていきなり世界対あたし大戦突入っていうね。

フォークランド紛争のときの場面、彼女がいっちばん重たい決断するところです。そこんとこ、女性に寄り添い、励ます映画としては外せませんよね。

しかし、私が頭痛くなるほど泣いたのは、そこじゃありません。

CMにも使われ、「その台詞は要らなかった」とネットニュースのオネエ批評家もダメ出ししてたような台詞があるのです。老いたマーガレットが亡き夫の幻影に向かって話しかける場面があるんですね。最後の方で、「Were you happy?」、つまり、こんな私と一緒で幸せだったのかと夫に質問してしまうんです。これは、嫌いな人は嫌いでしょうね。それまで散々夫のことより仕事や家庭のことばかり気にかけるような様子も描かれていますから、そのまま自分を押し通して欲しいはず。

しかし、私は、その台詞によって「志が高くて立派な人間がこんなに弱くて情けない姿になってしまうんだ」という恐怖と哀しみの混合物みたいな壮絶さを感じました。もうねそこで涙腺が…その後に、彼女は夜中に夫の幻影を見て、こちらに背を向けて家の廊下を歩いていくの…もうこの辺ではね、画面見られなかったわ。

ところが、翌朝になるとけろっとして普通に戻っているの。そういう形で人間の最後の方の姿が描かれているのも何か独特だと思います。そして、その辺が、認知症の人間描く映画としては覚悟甘いと言われてしまうのでしょう。

でもね、自分に近い人間が老いてそんな状態になって・・・少しずつ「尊敬していた部分」「大好きだった部分」、いえそれだけではなく「憎かった部分」が消滅していく様を見つめることは、恐ろしく、悲しく、絶望的なことです。パヨク・リハビリ中の皆さんにもそんな体験がもしあるなら、本作のような「甘っちょろいファンタジー」でそれを見直して、好きに考えて、怒ったり悲しんだり後悔したり、ほっとしたり・・・そしたらまた朝が来て、あー仕事、いやだわーなんて思いながら、前に進んでいけるんじゃないかしら。メリル大先生も、老いと衰えの哀しさを「いつもの演技力」で作り出しながらも、ある程度自分の衰えや老いとの向き合い方が見えそうな、見えなそうな、そんなバランスがステキです。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。