二丁目寺の坊主日記 20

「二丁目寺のもろもろ」

アデイの月曜担当、本多清寛です!

さて、もう日記も20回となりました。当てもなく書いておりますが、お付き合い頂き誠に有り難うございます。今後ともよろしくお願い申し上げます。

露骨な感謝の姿勢を見せつけたところで、今日は二丁目寺の様子をお話しようと思います。昨年の11月から始まった二丁目寺ですが、述べでいうと200人近くの方々に通って頂きました。70歳の性欲に憧れる坊主フェチの方や、電話越しの魔女(王?)、挙動不審の旅人カメラマン、こじれた葬儀屋さん、キリスト教界隈の方、仏教界隈の方、羅刹方面の方など、多くの方に来訪して頂いております。

僕自身、丁重に扱われるのが苦手なので、来て頂いた方々には「お客様」というより「ご近所さん」というような気持ちでお話させてもらっています。そのせいか、話していると僕の方が楽しくなってしまって、二丁目寺を閉めた後で反省することもしばしばあります。調子に乗ってしまい申し訳ありません。今後は一緒に楽しくなることを誓いますです。

考えてみると、二丁目寺での会話は、やっぱり宗教のことがメインかもしれません。僕は宗教という言葉を「その人が大事にしているガイド」という意味で使っています。なので、特定の宗教について話していないときでも、「目の前の方は何をガイドにして生きている人なのか」ということをなんとなく意識しながらカウンターに潜んでいます。そうすると、やっぱり宗教の話になったりします。

あと、軽めの相談から重めの相談も様々ありました。お釈迦様や歴々の禅僧の教えを背景にしながら話すのですが、やっぱり小難しい話になりがちなので、いつも悪戦苦闘しております。それでも、優しい顔で帰って頂けたときは、仏教ってありがたいなぁとしみじみ思います。そんな時は、本当にほっこりします。

そんなこんなで一つ気が付いたことがあります。それは、虹色は色が分かれているから美しいということです。「人それぞれだからいいじゃん」というと、なんとなく世界を受け入れているような気がしますが、その人自身を理解するということを忘れがちになります。世界を虹色にするんじゃなくて、違いのある色がちゃんと並ばないと美しさは表れないんだろうと感じています。

そして、お釈迦様方は「人間の色は色々、その時々において色々」と仰っているので、その時その時に合わせた今の配置を考えなきゃいかんのでしょう。かなりハードルが高いんですが・・・。

というわけで、まだまだ修行中の僕ですが、末永く付き合って頂けると幸いです。

これからもよろしくお願いします!

南無三。

 

本多清寛(しょうかん)和尚。(月曜担当)

1985年生まれ。熊本出身。お寺に生まれお寺に育つ。22歳の時、福井県の永平寺という山奥の修行寺で3年過ごす。修行仲間には相当な迷惑をかけ続けて山を下りる。その後、曹洞宗の研究センターにて仏教を学ぶ。同性婚の問題から、仏教と「性」について気になり、セクシュアリティについて勉強し始めた。生活に役立つ仏さまを模索している。趣味は「こんな時、お釈迦様ならなんて言う?」という大喜利。

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