溝口彰子さん インタビュー

進化するBL作品と、社会や批評との関係

レズビアンの活動家から研究者に

伏見:こんにちは。今日は、現在はBL研究者の第一人者、昔はレズビアン界の大ボス?(笑い)、溝口彰子さんがゲストです。

溝口:いやいや(笑い)。

伏見:溝口さんとはすっごい古い知り合いだと思うけど、どこで知り合ったのか思い出せない。

溝口:多分、直接お会いしたのは、1994年とかに、掛札悠子さんと伏見さんが全国を講演して回ったイベントのどこかの会場だったと思います。

伏見:それは“ログキャラバン”っていう、札幌から福岡まで、現地の市民団体と共催したイベントですね。東海道は本当に車で移動するキャラバンでした。

溝口:掛札さんというのは『「レズビアン」である、ということ』と言う本を書いた、おそらく日本で初めて、レズビアンとして顔出しをして著作を出した方。私はその時点で、伏見さんのご著書は知っていましたが、お話ししたのは東京か埼玉か、そのあたりの会場で話したのが最初だったと思います。確か、あの時、翻訳家の柿沼瑛子先生もいらっしゃったような。

伏見:柿沼さんも元祖腐女子、ゲイ小説の翻訳者の第一人者としても有名。当時、溝口さんは掛札さんらとレズビアンやバイセクシュアル女性向けのミニコミ誌『ラブリス」をやっていた。

溝口:『ラブリス」を2号くらいから手伝っていました。

伏見:「ラブリス」は、商業誌になる前のレズビアン・バイセクシュアル女性のためのミニコミなんだけど、ものすごい購読者数だったよね。

溝口: 1,700とかそのくらいでした。ネットのない時代なので、紙のミニコミを郵送するという。だから1,700でも、作業量としてはほぼ1日がかりでした。数人で。

伏見:僕が92年に「別冊宝島」のゲイ特集で編集に加わった時、当時レズビアンの媒体がなかったので、掛札さんに「あんた何かやんなよー、宣伝してあげるから」って声を掛けて、彼女が誌面上で呼びかけてみたら、最初から千単位で反響があった。みんなレズビアンの情報に餓えていたんだよね。「ラブリス」がのちの「アニース」などのビアンの商業誌にもつながっている。

溝口:その後、しばらくして私が研究を始めて、BL研究の最初の論文を活字にしてもらったのが、伏見さんが責任編集されていた「クィア・ジャパン」でした。

伏見:1999年から勁草書房から出していたシリーズで、その「vol.2変態するサラリーマン」ですね。

溝口:1998年秋に大学院へ留学して、(当時はやおいって言葉を使っていたんやおいですけど)やおいテキストを分析するゼミの論文を英語で書いたので、その日本語版というのを作りまして、「クィア・ジャパン」に載せていただいたんです。2000年だとまだそういう研究があまりなかった時期です。

伏見:ていうか、あなた、いつの間にか研究者になっていたんだよね(笑い)。溝口さんとCHIGA(チガ)さん、どっちが早いか分かんないけど、元々、「オシャレなレズビアン」ってコンセプトは、この人が日本で最初に打ち上げたものですよ。プールバーでパーティーとかやってなかったっけ?

溝口:チガさんのほうが早いし、今もクラブイベントをやっていて、すごいなと思います。私は、90年代の半ばから留学までの数年間、サロンパーティーをやっていました。乃木坂とかの隠れ家みたいなところで。

伏見:乃木坂でレズビアン・パーティーですよ! 昔だったら北新宿かなんかのウーマンリブの事務所で集うくらいだったビアンのコミュニティに、オシャレを持ち込んだのがこの方。あと、LOUDっていうコミュニティを作ったのも、あなたでしたね。

溝口:LOUDはいまでもあります。中野にあるレズビアンとバイセクシュアルのコミュニティ。私と、掛札さんと、関口登志子さんで始めて、その三人の中では私が最後まで残っていたんですが、大学院へ留学することになって1998 年後半に降りました。今でも続けてやっている大江千束さんほかをリクルートして、後を頼みまして。

 

海外にも腐女子は存在する?

伏見:溝口さんはもともとオシャレな会社にお勤めで、英語ができる才女って感じだったけど、研究者はどういうきっかけで、いつから志したの?

溝口: 90年代はレズビアン・コミュニティで活動する一方、ファッション系やアート系の仕事をしていたんですね。青山のスパイラル/ワコールアートセンターの企画広報とか。あの時代は、現代アートの文脈でも海外のゲイやレズビアンのアーティストが出てきたし、日本人でも、ダムタイプというアーティスト集団が活躍しました。とくに、『S/N』は重要な作品でした。映画の世界でも『セルロイド・クローゼット』とか、レズビアン映画だと『2ガールズ』とか『バウンド』とかいろんな作品が公開された時期で。そんな中で私自身、スパイラルに勤務しつつも途中でカミングアウトもして、あとご縁があって、アップリンクの雑誌『骰子(だいす)』とか『週刊金曜日』、あと『美術手帖』で映画やアートの記事を書く仕事をするようになって。それでもっとレズビアンの映画とかアートとかをちゃんと論じるために、勉強したいと思ったんです。美術史とか、映画史とか、映画理論をやりたい、って思ったのが最初の動機です。

伏見:いや、ぼくもその流れだと思っていたらいつの間にかBLになっていたっていう(笑い)。

客席:(笑い)

溝口:自分はいまでいうところのBL、美少年同士が仲良くしている少女漫画なんかに憧れて、そこに私自身の同性愛的欲望も投影していました。私自身は女だから、美少年同士の同性愛を自分に投影して、レズビアンになった、というか、レズビアンであることを受け入れられた、と感じているんですが、でもBL好きの人たち、腐女子の人たちって、どう考えてもほとんどが異性愛女性でしょ? みんながレズビアンって話は聞いたことがないし、男性同性愛ものがそんなに好きで描いたり読んだりしているのに、なぜヘテロセクシュアルでいられるの?という疑問が生じたんですね。それが最初でした。

伏見:一般的に言ったら「BLが好きでなんでビアンなの?」と素朴に思うわけだが。

溝口:美少年、例えば鷹塔摩利だったり、エドガーだったりは、付き合いたい相手として憧れるとかじゃなくて、むしろ自分がこういう風になったら素敵だなっていう、対象ではなくて主体への憧れかも。

伏見:なりたいんだ!

溝口:求める対象ではなくて、なりたい対象、ですね。しかもご存知の通り、少女漫画の作品の中では男の子のキャラクターは絵柄で女の子と差別化されているけど、顔がちょっと長いとか細いとか、背が高い低いはあっても、一般的に見たら中性的で、髭もないしマッチョでもない。そういうキャラは女性にとっては憧れの的で、ある意味、オスカルの発展系でいちおう性別は男みたいな感じかな、と。なので、彼らに「なりたい」ことは、自分が女性であることとは矛盾しないんです。

伏見:複雑ね。

溝口:そうですかね(笑い)。

伏見:それでアメリカに行かれたじゃないですか。アメリカってさ、今はどうか知らないけど、2000年当時は「BLってなんですか?」って言われなかったんですか?

溝口:それは言われなくて、日本のBLの翻訳出版はアメリカでも盛んってほどではないんだけどありました……あ、でも、それは2004年くらいからなので、関係ないですね。でも、日本でいえば二次創作にあたる、スラッシュファンダムの研究を、英語圏のカルチュラル・スタディーズではされ始めていたから。

伏見:スラッシュ……?

溝口:K/S(KスラッシュS)ファンダムーー『スタートレック』シリーズの、カーク船長と、ハーフ・ヴァルカン人のスポックが恋仲だという妄想をして、イラストを描いたり、小説を書いたりする同人誌。私が留学したビジュアル・アンド・カルチュラルスタディーズのプログラムでは、先生たちも割とそういうのがあることを知っていました。あと私の指導教授のダグラス・クリンプは白人のゲイ男性で、現代アートの評論が専門なんですが、1980年代にエイズと表象をめぐっての、美術評論家的側面と、ゲイ・アクティビスト的側面を高度に融合させた仕事で知られるようになった人なんですね。彼も94年、横浜エイズ会議に来日した時、誰かが本屋さんに連れて行って、今でいうBL本を教えていたらしいです。

伏見:『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』の原作者、アン・ライスとかはアメリカの腐女子ということ?

溝口:アン・ライスは突然変異であれを生み出したってことらしいです。

伏見:でも映画を観るとどう見ても『ポーの一族』だよねー。

溝口:彼女は『ポーの一族』を読んでいるわけではなかったようですけど。ポーは英訳もされていないようだし。

そんな感じで、アメリカでも、そのテーマは面白いって、応援してもらえました。もちろんBLのことについては指導教授は詳しくないので、彼には理論面を指導していただき、BLに関しては友人らに監修、協力してもらって。

伏見:アメリカでも、なんで日本の女の人はこういう男同士の性愛ファンタジーが好きなのか?と聞かれるでしょ。

溝口:確かに。N.Y.Timesに、 “Japanese women are crazy.”みたいな記事が載ったりしたこともあったりとか。一般論だけど、日本人よりアメリカ人の方が、本質主義的な人が多い。「自分が異性愛者の女であれば、異性愛者の女としてかっこいい男性を求めるべきだ」とか、「自分が東洋系だったら白人が主人公の物語よりも、東洋人が主人公の物語の方がいいんじゃないか」っていうような。その中で、「女性なのに男同士のものが好きなのは何でなの?」って言い方をする人もいましたけど、私は、キャラクターに感情移入する回路は複雑だ、ということを説明するためにフェミニスト映画理論を研究したりしました。精神分析理論を援用したものですが。