パヨクのための映画批評 21

荒野に厨二、慟哭す 

~「ターボキッド」(”Turbo Kid”、2015年、カナダ)~

私に言わせれば、21世紀はオタクの世紀。パソコンオタクは早い段階から社会の脚光を浴びましたが(マック作った人とかfacebook作った人ら)、10年位前に『間取りの手帖』という本を見た時「これが本になりうるのだ」という驚きと共に、「今はオタクの時代だ」と確信しました。今や「オタク」という言葉の意味合いもクリーンになったのか、或いは金を産むから便利使いされているのか…

ちなみに90年代初頭は、世の中が遂にバブル崩壊を自覚した時代。その後は平蔵改革、いや構造改革が始まりますが、当時、オタクの世界では、OVAと呼ばれるVHSテープによるアニメが流布しておりました。一方で、当時の日本では「ビデオを買って観る人」=「猟奇殺人者」という偏見があり、当然「アニメオタク」なんてキモさ以外何もありませんでした。

そういう中で私をアニメと漫画の世界に連れて行った男子の友人が中学校のクラスでどんな立場になるのか…分かりますよね。でも彼は他人の言うことなんか気にしていなかった。その意味で勇者ね。それに引き換え、他の男子にからかわれているのに何もしてあげられなかったクソいくじなしの私(ヤンキーの子怖かったし)。あたしが今でも好んで使う語「ゴゴゴゴ」は明らかに彼の貸してくれた漫画の影響だ…どれだか忘れたけど。オタクが空想の世界にどっぷり行ってしまうと、今度は「厨二病」というものを発症します。

前置き長すぎですが、今日ご紹介するカナダ映画「ターボキッド」は音楽・色使い・風景・ストーリー全てが80年代のアニメ「北斗の拳」等を彷彿とさせ、私の「オタク」かぶれ時代ともっと昔を思い出させるノスタルジア映画です。また、最近北米ホラー映画は80年代回帰的な映画が多く、本作はその王道とも言える作品です。

核戦争か何かで人類文明が崩壊した世界。ギャングの親分ゼウスが率いる悪の集団に怯えながら人々は細々と暮らしていた。そんな中、コミックの「ターボライダー」に憧れる孤児の主人公男子は、偶然、捨てられた戦車の中でスーパーパワーを発揮する装置を発見。主人公男子(名前無いんだよ)と風変わりな少女アップルとの間にほのかに恋が芽生えた頃、アップルがゼウスに拉致されてしまった! ママチャリを漕ぐダンディおじさんフレデリックと共に、「ターボキッド」となった少年はゼウスに戦いを挑む!

血しぶきが無駄に飛び散り食欲を一瞬で失くすバトルシーンの連続(これも80年代ホラーの特徴)に眩暈する…と書いててもバカバカしくなる位、何かもう設定の全てが厨二なの。悪役たちが完全に北斗の拳ノリで、目視で分かる位のワル。主人公男子の両親は昔ゼウスに殺されているという哀しい過去もあったりして益々厨二魂を焚きつけます。主人公男子だって、ヒーローにはなるものの、元々は漫画にハマるオタク少年。顔立ちはキレイだが、どことなくあか抜けない。ママチャリおじさんのフレデリックも、無駄にインディ・ジョーンズしててすごくタイプ(ごめん関係ない)。無垢な少女アップルに至っては、「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」のアレッシアと近いな。

映像も、カナダの広大な空き地と廃墟で撮りました、みたいな安さ爆発サクラヤです。日本で言うと戦隊ものを思わせるチープさなの。それを意識して作ったのかどうかは不明だけど。石油が無いので移動は自転車! キコキコキコ…

駄目押しが、厨二男子の夢、ヒロインとのロマンス→ヒロイン拉致→奪還→と思いきやの哀しいラストという見事なまでにステロタイプ化されたストーリー。特に「ヒロインが主人公男子に願いを託して死ぬ」っていう流れ、厨二の王道ですね(ちなみにジェームズ・キャメロンは逆で「男が主人公女に思いを託して死ぬ」のが好き)。女性賛美的でもありつつジェンダー役割の押し付けを感じなくはないのだが、どういう訳か、こういう物語の中では美しく見えてしまうのです。自分がパヨクでゲイなことも一瞬忘れてしまう勢い(それは無理だろお前ぇ)。何かが思想のバリアを突き破って心に飛び込んで来てしまう。

最近、友達が言ってたんだけど、中学生のときって、すごく頑固で頭硬くて物事を違った風に観ることがほとんどできない時期なんじゃないかしら。その年齢の子供がどハマりするものって、内容が薄くて簡単な言葉で書かれていてステロタイプ的で、人によっては下らないと感じる。だけど、現実と全く違うストーリーの中で語られる冒険や絶望、希望、勇気等って、その年齢でうだつの上がらない、スポーツもできない、人とうまく話せない、クラスの中でからかわれるか無視される男子…例えば体育の授業でドッジボールとかサッカーをやるときに「こいつ要らん」と言われても曖昧な薄笑いを浮かべる他無かった男子にとっては、一つの駆け込み寺よ。頭の中では冒険をして、主人公に憧れながらもそうなれない、例えばおとこおんなの私…やがて忘れてしまうんだけど、記憶にはその冒険の足跡が残り、また戻って来て知る:あれは厨二の大人から厨二のワカモノへのメッセージだったんだと。朝起きれば加齢臭で自分を確認するような年齢になった私は、やっぱり同じように何かを残したくてこんなことを書いているんだろうか。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。