大塚ひかりの「変態の日本史」8

息子のまらを吸う母、に思うこと。 『日本霊異記』

 数年前、幼い二人の子供を放置して餓死させて逮捕された大阪の若いお母さんがいました。

 実は彼女、父親は高校スポーツ界では有名な監督でしたが、育児放棄されて育っていたことも報道され、「虐待の連鎖」ということばも浮上したものですが……

 それとそっくりな話が日本最古の仏教説話集『日本霊異記』(八二二年ころ)にはあって、タイトルも、

「女が男とみだりにセックスし、子に乳をやらずに飢えさせたため、この世で報いを受けた話」(“女人、みだりがはしく嫁ぎて、子をに飢ゑしめしが故に、現報を受けし縁”)と、大阪の事件を要約したような感じです。幸いこちらの話では、子供は飢え死にしないものの、現代に起きるような出来事はとっくの昔に起きていることを教えてくれる例だと思います。

 そういうことで言えば、赤ちゃんのおちんちんを舐めたり吸ったりするお母さんがいると、以前、内田春菊の漫画で読んだ記憶があるんですが、『日本霊異記』にもそっくりなお母さんが出てくるんですよ。

 ある女が前世で息子を愛するあまり、口でその子のまらを吸っていたというんです。

 もうまんまですよね。

 しかしそのあとが仏教説話集ならではのテイストで、三年後、彼女は危篤に陥ると、子を撫で、まらを吸いながら、

「私は何度も生まれ変わり、常にこの子と夫婦になろう」

と言うんです。そのことば通り、彼女は隣家の娘に生まれ変わって、長じると自分の息子の妻になり、やがて夫(息子)と死に別れて泣いていた。

 その声を聞いた仏が、彼女の過去生を瞬時にさとって、この女の悪い因縁を嘆いたというんです。

 ここに至ると、ちょっとそれ仏の妄想じゃないの? という思いにもなるんですが、息子のおちんちんを舐める母が昔もいたっていうのがポイントです。『日本霊異記』では、この話は経に説きたまへるとあるんですが、出典の経は未詳といいます。

 『今昔物語集』には、三蔵法師が膿だらけの女の胸や腰のあたりを舐めて綺麗にしてあげて、般若心経を授かったなんて話もあるものの、出典となった中国の『神僧伝』ではでき物だらけの老僧を拝んだらお経を口伝されたという話で、日本にきて大いにエロ化している。

 そんな感じに、『日本霊異記』のまらの話も、日本化してエロくなったんじゃないか。

 このくらい刺激的にしないと、日本人には受けない……と思って著者がアレンジしたんじゃないかと私などは考えています。

 そのへんの真偽はともかく、肝心なのは、今あるようなことはずーーっと昔からあったということ。

 三、四歳までお母さんにおちんちんを吸われ、お母さんの文字通りの再来の妻にも、やっぱりちんこを吸われていたであろう男。何度生まれ変わっても永遠にお母さんの生まれ変わりの女や男、あるいは動物などにおちんちんを吸われ続けるであろう男……。そんな男を想定した仏教説話というのを考えると、今の「(虐待の)連鎖」みたいなものを昔の人はとっくに分かった上で、生々流転とか輪廻といった概念を構築したんだろうなぁとか、輪廻から抜け出れないのも、そこに生の苦しみだけでなく快楽があるからなんだろうなぁなどなど、考えさせられること多々です。

 

大塚ひかり(おおつか ひかり)

 古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

イラスト・こうき