「パヨクのための映画批評」28

センチュリー・オブ・デブリューション 

~「好きにならずにいられない」(”Fúsi”、アイスランド、2015年)~

日本のゲイのモテ・マーケットでは21世紀に入った辺りから「太っていること」がモテ要素になったの、アデイFriendsの皆さんならご存知ですよね。PTSD、じゃなかった、GMPD(がっちりむっちりぽっちゃりでぶ)なんて言葉に浮かれた街で、痩せてる子達は「キショガリ・前髪系」とサベツされています。オバマ期の「みんな、ありのままでいいんだ」なんて嘘もいいとこよ。この間、海外でも太目の熊ゲイ様がモテまくって、ホテルの一室だのプールだのでじゃれ合う写真(構造としては少女時代のCDジャケットと同じね)をインスタに大量アップしているという有様(嫌いじゃない)。もう、デブだからって泣かない。ゲイの世界では20年近くも前に、ファーストインパクト、太目革命デブリューションが起きていたの…規模ちいせえなあ。でもね、女性の美さえも例外ではなく、女性の友達がしきりに言う:「ジェニファー・ロペスは下半身デブリューションを起こしたの!尻のデカい女はセクシーって!!!」って。

今日はね、パヨクは横っちょに置いておいて、「でぶ革命」という状況について考えたいと思います。

2006年でしたか、プライドパレード前日に割かし性根が暗めの人々と二丁目で過ごした時、通りに溢れた「やや太め、全員同じ白いTシャツ着用」の短髪男集団を前に軽くヒいたことを思い出します(嫌いじゃないぞ…)。あれから10年の間に、台湾にも輸出されて「熊祭り」が開催される有様(嫌いじゃな(ry)。

さて、ゲイが霜降りぜい肉野郎にうつつを抜かす中、日本のノンケ世界にもついにセカンド・インパクト、デブリューション2が起きます…2015年秋、一般男性ファッション誌「Mr. Babe」が創刊されたのよ(規模ちっさ!)。そう、「ぽっちゃり男子」のための雑誌が遂にノンケ世界にも出たの! その年の紅白でも、コーラスや楽器演奏者等、そこにいる必要のない場所に「おしゃれな太目」が紛れ込んでいました。今、そこにいるデブ。彼らが2016年紅白からは消えちゃったのは謎だが、遂に太目男性のためのファッションショーまで開催されたんだから、もう一般化したと言ってもいいよね!

さて、前置き長いわね、「太っている男性」が限定的に許容されてきた今の日本において、アイスランド映画「好きにならずにいられない」を鑑賞することは大変意義深かったの。

シングルの母と2人暮らしの大男、フーシは43歳の誕生日を迎える。空港荷物係の彼は、体重200キロ、口数は少なく、髪はざんばら髪で薄め、童貞の疑いがあり、趣味は第二次大戦のジオラマ作り。気のいい親友とジオラマで戦争ごっこするのが楽しみ。完全に内に籠ったフーシを案じた母親の彼氏から、フーシはカントリーダンスの教室のチケットをもらう。いやいやながら行った彼だったが、そこで出会った女性、シェヴンと接近していく…

英語タイトルもすごい、「VIRGIN MOUNTAIN」。童貞山。B級ホラー映画みたい(豪州ホラーで「共喰山」なんてのあったわ)。

一応、解説では内に引きこもった「オタク」の物語となっているが、何かもうそんな解釈さえ、暖かく快適な土地に住んでる我々の贅沢という気もする。アイスランド含め、北欧については、厳しい自然の中で人口希薄、資源も乏しく、冬は長く暗い…びゅおおおお…という人類の僻地にへばりついて生きる人々の壮絶さを感じるの。最近はネットで情報入るようになったからイメージ変わってきたと思うけど、パヨク系が好む北欧イメージ、社会福祉と人の温かみ、なんて甘っちょろい地域じゃないわよ。凍てつく闇の大地で、人々が自分の家に引きこもって孤立している世界なの。そんな中で、見た目の巨大さというのは、ある程度を越してしまうと、人類というよりは愛らしい獣のように見えてくるもんだから、近所の子供とか犬とかに懐かれてしまうのよ。同じアパートに引っ越してきた少女は勝手にフーシを友達のように思い、家に上がり込んだりする。そこで強烈な質問「大人なのに奥さんはいないの?」。それに対して「いない」と答えるフーシ、獣がさびしげに唸るようだった。それはそれでかわいいが…

それから、職場の同僚たち…粗野でデリカシーの欠片もないノンケ男子たちが、からかうというよりもイジメじゃねえかと思う仕打ちをするの。大人になっても、尚且つ見渡す限り荒野の世界でいじめがあるなんて…あたしとか成人できないと思う。かと思えば、彼らなりの謝罪の意味を込めて、飲み会に呼ぶ。衝撃の、北欧の男子ホムパ=日本の大学生の宅飲みレベル。そこで売春婦を呼んで、フーシにあてがおうとするのだけど…あんた達それ最悪のタイミングだから!!!

そこのシーンの娼婦が明らかにノン・ネイティブの英語を話していたり、フーシが後で働くゴミ処理場の労働者がアイスランド語ではない言語を話していたり、人口数十万人のアイスランドにおいてさえ、移民が最下層にいることが示される。そしてその層の人達の方がフーシに親しみを持ったりする。呼ばれた売春婦も「あの人は嫌がっているわ」と言ったりね。いつも他人に誤解をされて意地悪をされてきたフーシが、当たり前のように社会のアウトサイダー達から仲間扱いされてビールなんかおごってもらってスポーツバーで観戦しちゃって動揺しているところが何かこう切なくなってくる。つるむ、という体験の無い人なのね。

本作ね、出てくる既婚者がほぼ全員離婚しているのね。大人って孤独で、時々、いやほとんどの場合うまくいかないんだよってのをちょいちょい入れて来るの…アイスランドの厳しい自然(と巨漢)をバックにね!!!びゅおおおおお…地殻変動で大地割れて中からビョークが出てくる恐ろしい国の街をのそのそ歩く巨体。ちなみにアイスランド人が外国人に言われて辟易している言葉:「ところで君さ、ビョークのことなんだけど…」。友達じゃねーから!!

ラストシーンのフーシ、顔が輝いていたけど、観る人によって印象違うんだろうな。孤立という洞窟にまたのそのそ戻っていくということなんだもん。彼は寂しくはなさそうなのだけども、主演がデブなのは、「孤立」に彩られた北欧社会で更にその「孤立」を浮き彫りにするための表現のように思えて。「ゲイは太っていた方がモテる」なんて言ったって、それはあくまで例外的な状況。住民のほとんどが肥満化しているような地域は別として、デブとは圧倒的に孤独の記号なのだと知らされました。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。