「二丁目寺の坊主日記」其の二十八

「大人になるってこと」

アデイの月曜担当、本多清寛です。

実は、二丁目

寺の看板に「今月の禅語」なるものを書いています。僕は字が下手くそなので、本当は書きたくないんですが、恥を忍んで書いております。(お坊さんとしては致命的)

これまでに日々是好日とかいくつかの禅語を紹介してきました。昨年の11月から始めたのですが、全部覚えていないという体たらくっぷりです。。。

というのも、この禅語について質問されたのが3回くらいしかないんです。僕もそんなに会話のタネにしないので、あんまり記憶に残ってない。なんかもったいない。ということで、今回は禅語を説明してみようと思います。

今月は「大人」と書きました。これは「だいにん」と読みます。永平寺を開かれた道元禅師は「諸々の仏さま方は全て大人である」と仰っています。そして、大人になったら気付くことがあるそうです。

その中に少欲と知足という気づきがあります。よくある解説だと、①欲を少なくして慎ましく生きましょう(少欲)、②今あるものに満足して欲しがらないようにしましょう(知足)、という様な意味として使われています。もしかしたら、みなさんも聞いたことがあるかもしれないですね。

ただ、曹洞宗のバイブルとも呼べる『正法眼蔵』には違う説明が引用されています。

①『少欲』:於彼未得五欲法中不広追求名為少欲。

(いまだ得ざる五欲の法中に於いて広く追い求めざるを名づけて少欲となす。)

②『知足』:已得法中受取以限称曰知足。

(已に得た法中に限りをもって受け取るを称して知足という。)

ざっくり現代語訳すると、

①視覚や味覚などの五感での楽しみを追い求めないことを少欲という②既に得たものであっても100%自分のものにしないことを知足という。

これでもまだ分かりにくいですよね。

もっとざっくり意訳してみれば、大人になると「一瞬の快楽を追わなくてもいいかも!(少欲)」「自分のものを他人が使ってもいいかも!(知足)」という二つの気づきがあるよってことです。たしかに自分の子どもを見ていると楽しくないと嫌がりますし、手に持っているものを取り上げると怒ります。大人(おとな)になるにつれて、嫌でもやれるようになるし他人に貸与することができますよね。

ちなみに、この少欲と知足は僧侶向けに説かれたものなので、一般向けに正しいかどうかは分かりません。ただ、お釈迦様的な「大人」の条件は『本能を従えろ』ってことのようです。禅宗的な表現だと『主であり続けろ』になります。快楽を欲する本能に従わずにいられるのか、自分のものを確保したい本能に従わずにいられるのか。もし、本能に従ったとしても、従っている自分を自覚して、従うことを主体的に選んだかどうか。それが大人の分かれ目ってことですね。

つまりは、飲みたいから酒を飲むのではなく、飲みたいと欲した自分に飲ませてあげる。ついでに飲みたそうなあいつに飲ませてあげる。そうすると、大人の酒場がまた楽しくなるかもしれません!

まぁ、飲みたい時に飲むのが一番美味い酒なんですけどね!!!

南無三。

本多清寛(しょうかん)和尚。(月曜担当)

1985年生まれ。熊本出身。お寺に生まれお寺に育つ。22歳の時、福井県の永平寺という山奥の修行寺で3年過ごす。修行仲間には相当な迷惑をかけ続けて山を下りる。その後、曹洞宗の研究センターにて仏教を学ぶ。同性婚の問題から、仏教と「性」について気になり、セクシュアリティについて勉強し始めた。生活に役立つ仏さまを模索している。趣味は「こんな時、お釈迦様ならなんて言う?」という大喜利。

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