祝・デビュー40周年! 吉田秋生さんを囲んで

40年(!)にわたり少女漫画の第一線で活躍されてきた吉田秋生さんをゲストに迎え、作家の三浦しをんさんと、伏見憲明 の三人で鼎談をしました。場所は新宿二丁目のゲイ・ミックス・バー、A Day In the Life 、聴衆はこの店の常連さんたち。その模様をここに公開します。 「月刊フラワーズ」(小学館)に掲載されたヴァージョンよりもちょっと長めになっています。

吉田秋生 / 1977年に『ちょっと不思議な下宿人』で活動開始1983年河よりも長くゆるやかに』及び『吉祥天女で第29回小学館漫画賞を、2001年YASHA-夜叉-で第47回小学館漫画賞を受賞。『月刊フラワーズ』(小学館)で海街diary第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、マンガ大賞2013、第61回小学館漫画賞一般向け部門受賞)を不定期連載中

三浦しをん / 2006年(平成18年)8月に『まほろ駅前多田便利軒』直木賞を受賞。2012年(平成24年)、『舟を編む』本屋大賞2015年(平成27年)、『あの家に暮らす四人の女』織田作之助賞に選ばれた『風が強く吹いている』『きみはポラリス』(新潮文庫)など著書多数。

伏見憲明 / 1991年『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽書房)でデビュー。2003年『魔女の息子』(河出書房新社)で文藝賞。著書多数。2013年、新宿二丁目にゲイバー、A Day In The Life を開店。2017年、ウェブマガジン、アデイonline を開始。

 

「その場所に行きたくなる」作品たち

伏見◆ゲストをご紹介します。三浦しをんさんです。

<拍手>

伏見◆世間に出たのは久しぶり…!?

三浦◆久しぶりですね。

伏見◆家にこもってらっしゃるとか(笑)

三浦◆そうです(笑)。1週間ぶりに人前に出るんで風呂に入りました。

<会場(笑)>

伏見◆そしてなんと、写真が全く出回っていないので外で会っても誰もわからない吉田秋生さんです!

吉田◆意図してそうしてます。

<拍手>

吉田◆近所の人とかテニス仲間には仕事のことを全然言っていないので。

三浦◆え――っ!?

伏見◆名前は?

吉田◆名前はペンネームなので。本名では全く別の人生を送っています(笑) 誰も私が何をやってるか知らないんです。

伏見◆ま、まさか……夫は知っているんですか?

吉田◆知ってます(笑)

伏見◆今年、なんと吉田先生が画業40周年を迎えられました! そして三浦さんが生誕40年!

三浦◆おおお、画業40周年おめでとうございます! すごいことです!

吉田◆私がヤンママだったら娘ぐらいですよね。

三浦◆(笑)私、10歳の時に本屋さんで『BANANA FISH』を見て「これはなんと! なんとシャレオツな表紙だ!」と思って。

吉田◆シャレオツ(笑)

三浦◆それでお小遣い貯めて。

吉田◆小学生が!

三浦◆すっごいまんが好きで、本屋さんでいっつも面白いまんががないかって、ギラギラしてたので。

吉田◆ギラギラと!

三浦『BANANA FISH』を読み始めて、こんなすごい話は初めて読んだ!と思いました。それでサリンジャーとかも読みましたし。私の中のアメリカの知識は吉田さんのまんがでできている!

吉田◆(笑)結構いい加減なので、あんまり信用しないほうが…。

三浦◆私の世代だと初恋がアッシュっていう人がむちゃくちゃ多いんですよ。

吉田◆あら、そうですか(笑)

三浦◆私のまんが友達兼担当編集の人は、アメリカに行ってアッシュとブランカが座ったベンチに座り、アッシュが牡蠣を食べた店に行って同じ注文を情熱的にしてアメリカ人を不審がらせ、最後のシーンの図書館でアッシュと同じ角度で机に臥せてる写真を撮ったりしてきて、こーんな分厚いアルバムを作って私に見せに来たんですよ。

吉田◆すごいな…。

三浦◆聖地巡礼してきたんです。それでその写真を見て、「あ、ほんとだ、まんがで見た通りだ!」と思って。どのぐらい取材されたんですか?

吉田◆そんなでもないんですよ。しょっちゅう行ける場所ではないんで、最初は資料を見ながら適当に描いて。そっくりそのまま使うわけにいかないですからね。実際に行ってみるとあんまり変わってなかったりして。

三浦◆じゃあ、写真を見ながらお描きになったところもあるんですか?

吉田◆ありますね。

三浦『海街diary』とかもそうですけど、読んだらその場所に行きたくなるっていうのが、吉田さんの作品のすごく魅力的な部分のひとつだと思います。

吉田◆ありがとうございます。

 

『BANANA FISH』はBLか?

三浦◆吉田さんの作品のもうひとつの魅力が先見性です。『YASHA』は当時読んだ時には、遺伝子がどうこうっていうのが、よくわからなかった。でも今読むと、まさに時代を先取りした問題提起だなと思うんです。そういうのはどこからヒントを得るんですか? その当時って資料とかも今ほどなかったんじゃないかと思うんですけど。

吉田『YASHA』は双子の話なんですけど私、『サイボーグ009』が大好きで…、

三浦◆ああ! はい! 『009』の中では誰がお好きですか?

吉田◆え!? 002ですね!

三浦◆ああ!(納得)

吉田◆そう! それで、0010(ゼロゼロテン)っていうのが双子の戦士なんですよ。プラスとマイナスといって、お互い放電しながら戦うんですね。だから双子なのに、お互い手を触れることもできないんです。

三浦◆つらい! せつない!

吉田◆プラスとマイナスなので、それこそ触れると爆発しちゃうみたいな。死なないと手を握ることもできないんです。それがずっと頭の中にあって。それと、キリンの首はなぜ長いのかっていうことを書いた本がヒントになっています。ダーウィンの進化論ってありますよね。あれは適材適所で進化していって、そこの環境に一番適したものが生き残るっていうことなんですけど、その本で言ってたのは違う仮説なんです。キリンの先祖っていうのは首が短いんですけど、それと、現在のキリンに近い首の長い生物と、両方の化石は出ているのに、その中間の化石が出ていないんです。ダーウィンの仮説でいえば、その中間があるはずなのに。で、この本では、実は進化っていうのは突然変異が原因なのではないかと。例えば首が長くなるウイルスに感染したんじゃないか、と。そしてまた偶然なことに、いとこのご主人が生命科学の研究者だったんで、いろいろ話を聞いて…。ただ、ああいう知識って、実はそんなに必要なかったなと思って。

三浦◆そうでしょうか?

吉田◆ハッタリで、遺伝子操作ってスゲー!っていうんでよかったんじゃないかと思いますけど(笑)

三浦◆そんなことはないと思います。

伏見◆そういうのがあったからリアリティーが…。

三浦◆そうだと思います。今、読んで、「これってそういうことか」っていうのがようやく理解できました。

伏見◆先見性っていう意味では『海街diary』で女子サッカーが描かれていますが、あれ、なでしこジャパンより前ですよね。

吉田◆そうです。

伏見◆世間がまだ女子サッカーを評価していないうちから注目していたわけですよね。

吉田◆単にサッカーが好きなだけで。

三浦◆スポーツお好きなんですか?

吉田◆わりと(笑)スポーツお好きですか?

三浦◆まさか!

吉田◆だって三浦さんの『風が強く吹いている』ってスポーツ好きじゃないと書けなくありませんか?

三浦◆見るのは好きなんですけど、やるのは全然…。

伏見◆三浦さんの場合、見るのも「萌え」的な意味では?

三浦◆そんなことないですよ。

伏見◆ちゃんと見てるんですか?

吉田◆ちゃんとって!? (笑)

三浦◆すみません、確かに選手の誰と誰が仲いいのかなーみたいなこと考えてしまう時があります(笑)

伏見◆BL的なことみたいな感じですか?

三浦◆うーん、そういうのもありますが、それだけじゃないですよ(笑)

伏見◆三浦さんが『BANANA FISH』を最初に読んだときに、そういうBL的な部分を自覚して読んでたんですか?

三浦◆私は『BANANA FISH』をBLとは全く思わないですね。確かに私、物心ついた時から男性同士の仲がいいさまを見るのはすごく好きでした。でも『BANANA FISH』のアッ シュと英ちゃんがいわゆるボーイズラブの関係とは全く思わなくて。むしろ、そうなるとあの作品の主旨が違ってくると思うんですね。

伏見◆ほう、ほう!

三浦◆アッシュって、性的なものに傷つけられてきた人生じゃないですか。

吉田◆そうですね。

三浦◆性愛に傷つけられてきた人が、そうではない愛に救われる話だと思うんですよ。そう考えると、アッシュと英ちゃんがデキちゃったら話が全然違うから。

吉田◆私もふたりを恋愛関係にするってことは全く考えなかったです。

伏見◆「萌え」的な要素を入れたわけではないんですね。

吉田◆私、まんがを描き始めたきっかけが『真夜中のカーボーイ』っていう映画なんです。お互いがいなければ溺れてしまうというヒリヒリするような男同士の関係を描いてるんですけど、恋愛にはならないんです。あれ見た時ってまだ女子高生だったんですけどね(笑)池袋に、チカンがよく出るという名画座がありまして…。そこで初めて見たんです。

三浦◆チカンがよく出る!?

吉田◆最初はボーイフレンドと行ったので大丈夫だったんですけど。私、その映画にものすごいショックを受けて、感激して、その後ひとりで何度か見に行ったんですよ。そのたびにチカンに(笑)

三浦◆そんな、ひどいな!

吉田◆集中したいのに!

三浦◆ホントですよね! 腹立つわ〜!

吉田◆そのうち、ほっときました。触れよバカヤロー!みたいな(笑)

三浦◆こっちはそれどころじゃねーよ!って!?

吉田◆触りやがれ!みたいな(笑)

<会場(爆笑)>

伏見◆BL的なものと、魂と魂の結びつきというのは違う?

吉田◆魂っていうか、どう呼んでいいかわからないけど、ああいう感じのもの!?

三浦◆わかります!

伏見◆三浦さんがいうBLっていうのは、そういうふうに読み取っていくものではないんですか?

三浦◆えっとね、BLの定義が伏見さんと私の中で違うんだと思います。私の中でBLっていうのはBLレーベルで発表されているまんがだったり小説だったり、というふうにお考えください。

伏見◆はい。

三浦◆つまり、必ずそこには…うーん、必ずとは言わないけれど、99.99%、セックス描写がある。

伏見◆ああ!

三浦◆性愛によって、あるいは性的行為も含めた感情の交流によって、新しい世界を知ったり、救われたり、真実の愛をつかんだりするのがBLのフォーマットだと思っていただければいいんじゃないかと思います。

伏見◆なるほどね!

三浦◆だけど私は『BANANA FISH』は全くそうだとは思わないし、だから、BL的だとも全く思わないわけです。

伏見◆そっか、定義がちょっと違うんですね。僕にとってのBLはむしろ性愛から行為としてのセックスを引いた残余の部分なんです。

三浦◆ふむふむ、「BL」という言葉の使い方の定義が違うだけで、伏見さんと私が指しているものの内実は同じですね。私も、『BANANA FISH』が描こうとしている人間関係の肝は、「性愛から行為としてのセックスを引いた残余の部分」だと思います。多くの読者の胸を打ったのも、その部分だと思う。性愛や損得を超えて、人は誰かを愛し、尊重できるのか、ということが描かれている。ざっくり言うと、「真実の愛とはなにか」を性愛も込みで追究するのがBLの基本構造だとしたら、同じことを「行為としてのセックスを引いた残余の部分」にフォーカスして追究するのが、少女まんがの基本構造ではないでしょうか。もちろん両者とも、作家の持ち味や作品ごとに、それぞれの基本構造をどう崩すか、どうアプローチするかなどが異なってくるわけですが。私が思うに吉田さんの作品は、やはりBLではなく少女まんがの構造や文脈を踏まえてらっしゃる気がするんですが、そのなかでひときわバディー感が強いんです。

吉田◆バディー(笑)

三浦◆ハリウッド的なバディー感がすごく強い。からっとしてるっていうんですか?

伏見◆バディーって、肉体って意味じゃなくて…どういう意味?

三浦◆なんていうの、相棒感が強いの。

伏見◆ああ、相棒感!

三浦◆なので、そこに性愛にまつわる妄想は必要ないんじゃないかなと個人的には思ってます。

吉田『まほろ』的な? (※『まほろ駅前多田便利軒』)

三浦◆そうですね。

吉田◆あのふたりはバディーだよね。

三浦◆ありがとうございます(笑)

伏見◆三浦さんの『まほろ』もアメリカ的なバディー?

三浦◆そうなってたらいいですね。なんか、互いに欠けてる部分を補い合ってる感じのコンビ。

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