まんがを描いてないってことはまんがを描く必要がないから

三浦◆吉田さんは締め切りは守る派ですか?

吉田◆ええ、わりと。守らない?

三浦◆守らないです。

<会場(爆笑)>

三浦◆ご近所の方は吉田さんが何をしてらっしゃるか知らないわけですよね。でもひと月に一回とか、全く姿を見ない期間があるわけじゃないですか。

吉田◆いや、姿見ますよ。私、一日の中で、そんなに仕事してないんで(笑)

三浦◆じゃ、毎日コツコツちょっとずつやる派なんですか?

吉田◆っていうか、2時間しか座ってられない。集中力が続かないっていうか、あんまり向いてないんですね。

三浦◆向いてない人が40年もできませんよ!(笑)

伏見◆以前、9時5時で机に向かってるとおっしゃってましたよね。

吉田◆そうですね、9時5時も仕事しないぐらいの感じですね(笑)なんか描くのが速いみたいなんですよ。

三浦◆あ、そうなんですか。

吉田◆ひとと比べたことがないのでわからないんですけど。

三浦◆ネームはどうですか?

吉田◆ネームも速い…のかな?

三浦◆天才ってホントやだなー(笑)

吉田◆いやいやいや!(笑)

三浦◆苦しい局面とかないんですか?

吉田◆苦しいのは…ネーム以外、全部苦しい。

三浦◆じゃあ、お話作りはあまり苦労されないんですか。

吉田◆ネームが楽しいというか面白いから、この仕事を長く続けてこられたんだと思う。ネームを描き終わってしまうと、それで自分の中で完結してしまうんです。あとはもうルーティンというか、ひたすら清書するみたいな作業なので、あまり、こう…自分的にはそんなに面白いものじゃないんです。

三浦◆ネームの段階からかなり精密に描くんですか?

吉田◆ええ、描きます。最初は描いてなかったんですよ。ネームっていうのはまんがの設計図ですね。コマを割ってセリフを書いていく原型です。それで物語を見せていくんですけど、最初はもうコマを割ってセリフが入ってるだけの真っ白なやつを編集者に見せてたんです。私にとってはそこに絵があるので読めばわかるんですけど、どうもわからないらしいんですよね。

三浦◆それはそうですよ!(笑)

吉田◆プロの編集者だから当然わかるのかなと思っていて(笑)

三浦◆(笑)それだけじゃわかりませんよね。せめて人物のアタリぐらいは入れていただきたいですよね。

吉田◆ああそっか、そうですよね。

三浦◆ここアップです、みたいな(笑)

吉田◆で、これはどういうシーンですかって聞かれるんで、めんどくさくなっちゃって。だったら描いたほうがいいかなと思って、頭の中にあるものを全部アウトプットするようにしたんです。そうするともう、それ以上の作業は自分的には必要ないんです。

三浦◆ネームをそのまま印刷してくれって話ですよね。

吉田◆まあ印刷するのはアレとしても(笑)かなりその、終わったことになってしまうので、そうするともうその後は結構、あー、めんどくさいな、とかね。そういう感じになっちゃう。

前に里中満智子先生がNHKの趣味講座でまんがの描き方をやっていたのを知ってますか。

三浦◆はいはい! 見てました!

吉田◆女子アナウンサーの方が「まんがを描いたことはないけど興味があって描いてみたいんです」って仰ってんだけど、私からすると、まんがを描いてないってことはまんがを描く必要がないから描いてないんですよ。

三浦◆「まんがが好きだったら必ず一回は描いてみてるよ! 私は挫折してるよ!」って思いました。

伏見◆三浦さんは挫折してるんですか?

三浦◆小学生の時、学校の絵画クラブに入って、友達とまんがを描いてました。でもコマ割りってものが全然できなかったし、同じ顔を何個も描けなかったし(笑)大概みんな、そうやって挫折するものじゃないですか、これは無理だって。

伏見◆吉田さんが40年描いてこられたっていうのは、描かざるをえなかったっていうことですよね? それはなんなのでしょう。

吉田◆な、なんなんでしょうね。「業」ですか?

<会場(笑)>

吉田◆「業」って言いましたけど、実はもっと軽いもので、話が浮かんじゃったから描いちゃおっかなぐらいのことです。

 

ゲイですが吉田秋生さんに男を教わりました!?

伏見◆僕が吉田作品を体験したのは、2歳年上の姉が『カリフォルニア物語』を買ってきて、それを読んだ小学生か中学生の頃。それからしばらく間があって、大学生の時、すごく好きな男の子がいて、ヒカルくんていう子だったんですけども(笑)

三浦◆聞いてない、聞いてない(笑)

伏見◆ヒカルくんに「これはすごいよ」って薦められたのが『吉祥天女』『河よりも長くゆるやかに』だったんですね。その子はノンケだったんですけど。で、前に吉田さんと対談した時に、吉田さんがリアルな男性を描こうと思ってるわけじゃなくて、自分の理想を描いてるんだっておっしゃってましたけど、吉田さんの作品を最初読んだ時、僕は吉田さんが描く男性はリアルだと思ったんです。なぜかっていうと、自分が男を知らなかったから。

<会場(爆笑)>

伏見◆まあ、なんていうの? 思春期にノンケ男子の世界に属してなかったの。だからホントの男がすごく苦手だったわけですよ。高校は音大の付属で、女の子ばっかりだったし。そうすると、リアル・ノンケ男子っていうのを知らないから、多分僕の妄想するリアル男子と、吉田さんの理想とする男子っていうのがすごく近かった。なおかつ、筋肉なんかほら、他の少女まんがと違って、ちゃんと描いてくれちゃったりするもんだから、これはいい…!と。ちょっと恋愛的な感情を持ちながらキャラを見てたんだと思うんですよね。だから、なんだろ、吉田さんに男を教えてもらったけど、それはウソの男だったみたいな(笑)

三浦◆騙されたわ、みたいな(笑)

吉田◆ごめんね(笑)

三浦◆でもね、少女まんがに出てくる男性って例えすごいイケメンだったとしても、それはその人の心を表す仮面なんですよ。その人の心が素晴らしくかっこよくて、こうあってほしい人間像だから顔もステキに描かれているだけであって、そういう姿かたちの男が本当にいると思ってるわけじゃないと思うんです。

伏見◆描き手が? 読み手が?

三浦◆描き手も読み手も。

伏見◆そうなんですか?

吉田◆それこそジブリのキャッチコピーじゃないけど、「カッコイイとはこういうことさ」っていうのを各自やってるんじゃないですか?

三浦◆そうそうそう!

伏見◆なるほどねえ。

三浦◆私が少女まんがが好きなのは、あらまほしき人間像を描いてるからです。作者それぞれが「私はこういう人間像がいいと思うんだよ」「私はこういう世界がいいと思うんだよ」っていうのを描いてるからなんです。いわゆるノンケの男性が描くオッパイのでかい女の子みたいなのを見てイラっとするのは、女性に「あらまほしき人間像」を求めてるんじゃなく「あらまほしきオンナ像」を求めてるんだなと感じるからです。だから「そんな女、いねーよ!」って(笑)すごく言いたくなるんですよね。

吉田◆(笑)

伏見◆ノンケが描くオッパイのでかい女の子っていうのは、いないかもしれないけど、そうであってほしいっていう、その気持ちが許せないの?

三浦◆憧れや願望をキャラクターに投影するのは当然だと思うんですけど、「これ、あくまでも『一部のノンケ男性(あるいは女性)から見た理想のオンナ(あるいはオトコ)像』であって、全人類に汎用できる理想像じゃないじゃん」と感じるとイラッとする(笑)。もちろん、そうじゃない作品もいっぱいありますが。私は創作物に、こうあってほしいと思う人間像を求めているし、吉田さんの作品は全部あてはまるんです。で、なおかつ少女まんがであり続けていられるのは、いつも形を変えながら、女性に対する何かの救済を描こうとしてるからだと思うんですよ。女性にいつも寄り添ってくれてるから、多分、少女たちは「私の苦しみがここに描かれてる」と思ったし、すごく勇気づけられたし、ってことだと思うんですよね。

吉田◆なんか、だんだん居心地が悪くなってきた。

三浦◆(笑)勝手なこと言ってごめんなさい。私はずーっとそんなふうに感じてました。

伏見◆僕もね、吉田さんの作品は、傷ついてる人たちにどう寄り添うかっていう物語だと思います。『海街diary』みたいな家族的なテーマのものであっても『BANANA FISH』みたいなものであっても、どの作品もみんな傷ついてる人たちに寄り添っている姿勢や眼差しが染みるんですね。

三浦◆はい、本当に。

伏見◆うちのバイトで20歳くらいの男の子がいるんですけど、吉田さんからみたら孫みたいなものじゃないですか(笑)。

吉田◆そうですね。

伏見◆そういう子たちはどういうふうに感じるのかなと思って『河よりも長くゆるやかに』を読ませてみたんですよ。どうだった?って聞いたら、例えば高校生の男の子たちがちょっとゲイをバカにしたりする描写は、「もしかしたら自分がもうちょっとセンシティブだった時には傷ついたこともあるかもしれないけど、めっちゃくちゃツボでした。もう何度も読み返してます」って言ってくれて。今だったらちょっと差別的に感じられるニュアンスの言い回しとかがあったとしても吉田さんの作品が彼に深く届いたっていうのは、繊細に人と人との関係や心理を描いてるからだと思うんですね。

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