パヨクのための映画批評 32

金持ち爆発しろ映画の到達点 ~「パージ:大統領令」~

(”The Purge: Election Year”、2016年、アメリカ)

ハリウッド映画の一つの潮流、娯楽映画で格差・差別問題を描くお祭りも、最終コーナー回り始めているのではないか…と思われる昨今、リベラル・ハリウッドがどんな層を仮想敵として描きたいのか、かなり明確な映画が出てきています。10月末日本公開の新作ホラー映画「Get out」で現在最高点に達する「マジョリティ面した白人」です。最近、イタリア系女性に目が無いと見られる敏腕映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインさん(悪辣ヒゲ熊様の殿堂入り決定)がセクハラでハリウッド公開処刑にされたのも、もしかしたらそういう生贄かもしれません。「あたしは犬の散歩代のギャラしかもらってねえよ」とパトリシア・アークエットさんがオスカー像片手に女性差別を訴えて2年。オバマ・クリントン支持者(=ネオリベ)のワインスタインさんが叩かれているのは誰の指図なのか本気で知りたい。彼が去って泥舟状態のワインスタインカンパニーには、トランプさん陣営の人が投資しようとしているそうです。

さて本作。「年に一度、決まった時間の間だけ、強盗や殺人を含む犯罪が合法化される」というパージ法が施行されて何年も経ったアメリカ。18年前、パージの夜に家族を殺害された女性大統領候補、チャーリーは、「あの法律は貧者を殺すためのものであり、金持ちを利するだけだ」と、リベラルが大喜びするようなことをぶち上げて、「あたしが大統領になったら「パージ法」は廃止だよッ!」と宣言、人々の支持を得始める。対する現政権側は、彼女を暗殺し、反対派の口封じをすることを目論む。そして「パージ」の日がやってきた。

さて、「パージ:大統領令」ですが、実はシリーズ第3作。既に第4作も決まっていますが、この「年に一度、12時間だけは全ての犯罪が合法化される」というゲスいテーマ、何故か心をくすぐられるのよね。そして、シリーズ3作目になっても全くテンションが落ちない。それどころかむしろ、政治性むき出しの社会問題映画になってしまいました。政治性と来ればもうパヨクのお庭。

第1作は「金持ち爆発しろ」映画なんだけども、第3作はその先を行ってます。パージ法維持を目論む現政権側は、兵隊も政治家も全部白人男性。更に、政権側の兵士の胸には南北戦争時代の南部の紋章つけさせるといういやらしさよ~ちょっともうどうかと思うわ。そしてチャーリー役の人、微妙にサラ・ペイリンさんに似てるのはご愛嬌…対するレジスタンス側は大半が黒人(もうアフリカ系なんてPC用語は使わないよッ!)

「一部のどうかしてる白人が悪いんだ!」というテーマは、パヨ映第2回で取り上げた「ザ・インビテーション」ではもう少し控え目に表明されていました。でも、もうここまで来てしまったら、そりゃあ気分悪くする人達も出てくるんじゃないのかね。「白人」と言っても、第29回の「タッカーとデイル」のように勘違いされる人達、笑われる人達として描写される人達も一方にいるわけです。

ハリウッドが、「まさか今時ハーケンクロイツなんかタトゥーに入れるやつなんて、いないよね? 「アメリカンヒストリーX」じゃないんだからさww」と安心しきっている間に、事態はもっともっと進んでしまいました。本作が「パージ」三部作の中で一番ヒットしたそうですが、一部の人は2016年の大統領選挙の前後を純粋に娯楽として面白がっていたっていうことなんでしょうか。私、何か笑えなくなってきたわ。

「パージ」第1作は、ホラーSF系に出ると5割以上の確率で最後死ぬ、イーサン・ホークが主演やっています。彼は「6才のボクが…」に助演するくらいの民主党支持者のリベラル派。本作の肝は、「パージの夜に、自分で自分の身を守れるのは金持ちだけ、貧乏人はなすすべもなく襲撃に遭って死ぬ」というポイントで、第1作では「金持ちのイーサン・ホークの一家がうっかりミスで襲撃に遭ってしまう」っていう、何かねえ・・・しかも黒人男性が逃げ込んで来てかくまってあげるっていう徹底ぶり。そこまで行くと「金持ち白人でごめんなさい」の贖罪映画にさえ見える。日本で言えば、戦後の「日本人でいてごめんなさい」のアジア贖罪派みたいなものか。…日本贖罪派との違いは、それで一般人よりも高い給料もらって映画に出演しているということ。でもなぜか見ている側にとってはさほど大事とは思われないのは不思議。

そしてね、もう一つ思ったの。「パージ法」で、その時間帯に殺人や略奪をしても、街全体が荒廃してないのはどうしてなのかと真面目に考えると、「国民の大多数は参加してないんじゃねえか」という疑惑に至るわけ。街で暴れる人の数が少なすぎる。製作予算の問題だけではなかろう。黒人が報復のために警官を銃撃するという暴動(Black lives matter)があり、最近になると、「白人至上主義者」(南北戦争時代の南部の旗が象徴的)VSカウンターデモというニュースがアメリカから伝わっては来ますが、ひょっとして、「パージ」に参加する人がやけに少なくないか?っていう疑問と符合しているのだとしたら…つまり今日本のニュース等で出ているような衝突の場面は、大多数の世論を反映しているわけではないのかも。そもそもこういう内容をエンタメとして消費できてしまう素地があるわけで。或いはそれ程に、現実とエンタメが乖離してしまっているということなのか。USJの街並みが、近づいて観たら書割だと気が付いたときの不気味さと似ている。

社会の変化プロセスは、後にならないとその意味が見えてこないもの。バカっぽくてゲスい映画は、時々恐ろしい程先のことを予見していたり、時代を切り取っていたりすることがある。とは言え、結局後にならないと何も分からない…ここで私が書かせていただいていることも、いつか誰かが批判して下さって、私のとんでもねえ勘違いを教えてくれたらいいな、と思っています。ツイッター上で、あることについて正反対の意見や情報が出てくるとき、パヨクリハビリ中の皆さんは、「ホントウなんて結局分からない」とか「こんな意見間違ってるから絶対悪だ」と言ってヤケを起こさないように。案外そこに、自分にとって本当に大事な、「刺さること」が隠れているかもしれません。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。