パヨクのための映画批評 35

生きているからLUCKYだ~
「見わたすかぎり人生」(“Tutta la vita davanti”、2008年、イタリア)~

今年は私にとってはイタリア映画の年でした。ちょっと観てみたって感じのイタリア映画体験が全部よかったのです。あ、「道」は途中で寝ちゃった。ラストは好きだけど長い。で、イタリア人の友人が2年位前から薦めてくれていた本作を観たら…(とっとと見ろや)。観るまでは変な邦題ねえと思ってたけど、観終わったら「人生!そうよ!見わたすかぎり人生なの!」と午前0時に一人で泣いちゃった。ついでにツイッターの名前も「見わたすかぎり竹美」という無限地獄みたいなのに変更しておいた。

「哲学科を優秀な成績で卒業」という足かせにしかならない学歴を持って社会に出た若い女性、マルタ。彼氏は研究職でアメリカに渡り、彼女の優れた論文を評価してくれる出版社は無く、お母さんは地元で病床、ついに見つけた家は、気は優しいがダメウーマンなシングル母、ソニアとの同居+娘のお世話。やっと見つけた仕事はダメウーマンが紹介してくれた嘘くせえ浄水器販売のテレアポ安月給。朝は自己啓発バリバリな歌と踊りから始まる若干頭おかしい職場で、周囲の女達は皆キレイ、営業の男連中は体育会系ノリ。そして女性上司ダニエラには何か秘密がありそう。そんな中、意外や意外、テレアポの才能を開花させたマルタは営業成績トップに立ち、それなりに満足し始める。そんな時、非正規労働組合をやっている男に出会って…

優れた研究者の卵、マルタがいいのは、常に現実的であるところ。変な夢とか持たないし、自意識も過剰ではない。哲学科の頭でっかちかと思いきや、テレアポで一気にトップの契約数を記録するという要領のよさもあるし、仕事しながら論評書いちゃうわよ。内容も、職場において哲学しちゃうっていうシロモノで。結局、会社とか仕事とか家事とか痴話げんかとか、私達は、日常的で正直下らなくて無意味な、できればご免こうむりたい馬鹿らしい体験から「知」に至るのだという感じ、非常に共感しました。

同級生たちのパーティに行ったら、すごいでっかい高級マンションなのよ。みんな、哲学科を中退して、研究者ではなくゴシップ新聞の記者になっていたり、あほらしいリアリティ番組の製作者になってて、「成功」してる。マルタはそこで「その番組、すごく哲学的だわ」って発言。みんな、「ふーん」な顔。ちなみに、イタリアの大学を卒業するには恐ろしい教授陣の前で堂々と論文の口頭試験を受けなければならないの。そのシーンなかなか怖いけど、マルタがいかに優秀な学生なのかを説明してる。そもそも、大学教育の意味合いが日本とは違っていて、大学中退でも稼ぐ仕事に就けたり、卒業してもパートのコールセンター姐さんになってしまったりする。実際、就活も、自分で会社にアポ取って面接に行ったりしているらしいわ。

非正規雇用の労働組合やってるひょろっとした男が出てくるんだけどねえ、パヨクな彼の存在、とても皮肉が利いていてよかった。始末のされ方も非常によいです。

そして、会社。アメリカ資本で、「超ポジティブシンキン」で朝から明るい自己啓発的な歌と踊りをノリノリで踊って最後「ブォンジョルノオオオ(こんにちは~)!!!」と超笑顔で叫ぶの。最高。私も毎朝やりたい。多分監督さんもそのシーン好きなんでしょう、何回も映している。その中で「こんなのやってらんねえよww」と薄笑いのマルタを映すのを忘れない。そしてそれがそのまま「アメリカ」への目線になっている。もちろんブラック企業よ。アメリカってさあ、古いミュージカル映画とか見てても思うけど、「明るい自己演出」を子供のときから叩き込むのよね。で、超笑顔で白い歯見せながら思い切りブラック企業だったり、放送局が嘘撒き散らしたりするわけ。イタリアの人達は、アメリカがいかに特殊な社会かということを日本人よりもっと強く感じているのでしょうね。日本だと自己演出を訓練する場がほとんど無いので、陽気な顔のブラック企業を成立させるパワーは宗教以外考えにくい。宗教勧誘する人って何か、白っぽくて独特の顔しているでしょう。あれは何かあるよ。

若い女性の皆を導く女ブラック上司、ダニエラがまたいいんだわ。シェールか?みたいな顔つきで、化粧濃い目で、もちろんやり手。こっそり社長といい仲で、それが彼女のプライドを支えている。でも心から頼れるお友達はいない。成績優秀なマルタに自分を重ねて彼女に優しくするんだが…彼女の末路に注目。

じゃあ社長はどんなかって言ったら、いかにもイタリアのいけてるおやじ、あなた、日焼けサロン行ってますよね?な感じでそりゃあ胸のボタン二つ外しますわ。でも、実は奥さんから逃げてて家に帰ったところを子供に見られて「母さんには秘密に」とか言って子供につめたーい目を向けられる。会社もごたごたしてきて(マルタのせいなんだが)、最後はあんなことに。

そしてねえ…マルタは、最後にテレアポのときに嘘ついてアポを取った老婆の家に行くの。罪悪感を隠しながら実際に会って、老婆の言葉を聞いてたら、何かこみあげて来ちゃって老婆にすがって泣いちゃった。疲れてたんだねえ…私もつられて泣いちゃったよ。オレオレ詐欺の被害者の老婆がいい人で犯人が改心してしまうCM思い出す(AC~♪)。

小さな人生エピソードがコラージュのようにちりばめられていて、最後は、生きているからLUCKYだ(HAPPA隊)と思えました。今夏にハマった「ジーグ」はじめ、「明日のパスタはアルデンテ」「これが私の人生設計」等、最近のイタリア映画は、かなりひどい社会状況だからこそ、「生きてこれてよかったね」と人々に伝えたいのかもしれない…社会の不条理にムカつているパヨクリハビリ中の皆さんも、「正直怒りを覚えるツイートをするネトウヨにだって、私と同じで、つまんねえ毎日があって、色々嫌でたまらなくて、グチャグチャしているのかもしれない…」と一瞬でも「敵」を許せたら、もっと優しい明日が…まあ、来ないんですけどね。見わたすかぎり人生。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。