パヨクのための映画批評 36

男ってダメだけど惹かれちゃう…
~マンチェスター・バイ・ザ・シー (”Manchester by the Sea”、2016年、アメリカ)~

既婚ノンケ男子。それはオネエでパヨクの私にとって永遠の謎。今回の映画は、今年のアカデミー賞最優秀主演男優に選ばれたケイシー・アフレックがノンケ男子の神秘と残念さを余すところなく表現した映画、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」です。

死んだ目をして生きてる多分40歳くらいの訳あり物件おじさん、リー。その兄ジョーが亡くなり、リーは気が進まないまま、その息子、甥のパトリックの面倒を見ることになる。母親は出奔、父も亡くしたというのに、リア充高校生な毎日を送るパトリックを前に、リーは戸惑いながらも何故か心安らいでいく…というような、私やエルジービーティFriendsの皆ならばBL展開しか思いつかない感じだけど違うのよ。ついでに言えば、亡くなったジョーの友人(熊系)が病院でしくしく泣いていたり、船を預かっていたり、「本当は「ブロークバックマウンテン・バイ・ザ・シー」」な展開を期待しても無駄よ(同人誌でおやり)。

リーおじさんは、まあそんなに悪くない既婚ノンケ男人生だったのが一変してしまった、つらい過去があるの。

これ、世界中の多くの文化の中で描いても結構普遍性のあるテーマの映画と思った。東野圭吾さんとか宮部みゆきさん辺りの本を読んだら大体同じ、「マンチェスターバイザシー」感得られると思う。リーという人物は、日本だったらさしずめ北関東平野のソフトヤンキーっていう感じで、特に野心も罪も無い、フツーに生きて結婚して、その事件さえ起きなければ、平凡に幸せだったに違いない男よ。ソフトヤンキーに下る罰としては、昔イジメてた子からの復讐っていう展開がYoutubeのゲスいテキストに山ほど落ちているけれど、それとは違う。

本作、主演のケイシー・アフレックが面白い。まず、発声が変。何なのかしらね、あの喉に引っかかって直ぐ裏声になるあの発声。そしてあの顔立ち。兄のベン・アフレックが分かりやすいハンサムであるとすると、ケイシーは、美形だけどちょっとパーツのバランスに違和感がある。それがこの人の魅力。ジャレッド・レト系だわ。となればもう演技派目指すしかないじゃない? 本作では、この人、この締まりのない表情と屁みたいな発声でコメディとして演じているんじゃないかと疑った位です。兄の葬式で、別れた元妻(ミシェル・ウィリアムズ)と数年ぶりに会って抱き合うシーンで白目ですよ!  真面目なシーンで笑わせようとしないでちょうだい。でもね、そういう不意打ちで救われるお話よー、でないと救いようがないもん。

リーが喰らった罰とも言える事件から数年後、元妻とやっとのことでちゃんと話せたシーン、つらかった。自分自身を憎み続けることは、本当につらいこと。その点に於いて、先に進むことができた元妻、未だ前に進めないリーの対比は痛々しい。本作、そこのところで言えば「男性的な身勝手さ」への天罰と贖罪の映画のように思える。

事件前のリーは、友達と家で深夜にバカ騒ぎしたり、寝込んでる身重の妻(疲れるわ~という顔)を置いて船で甥・兄と釣りに行ったり、と思えば酔って帰って来て奥さんや子供にやたらと甘える、まあ典型的な幸せそうな男なのよ。男子って(ゲイもそうなんだけどさ)何故か「自分は好きなことを好きなようにやっていいんだ」と思い込んでいるフシがありませんか。だから、深夜にバカ騒ぎして、育児で疲れてる妻が深夜にキレても、本気に取らずにヘラヘラ笑ってるわけ。そしてその直後に事件が起きてしまう。現在のリーは、女性と一緒に過ごすことにもはや興味が全く持てない程に落ち込んでいます。そもそも、人生の中で「何かこれがしたい!」という夢もなく、何となく流れで「普通の男子」としてそれなりに幸福で楽しく過ごし、地元で結婚して何と子供は三人という「うまく行っちゃった」人生だったの。そこからの転落はつらいでしょうね。自分で自問しようにもそれを語る言葉が無いの。彼には。

本作、自暴自棄男の定番、「バーで酔って喧嘩吹っかけてボッコボコ」が出てきます。しかも2回。これが分かりやすく強い。つまり、そこでリーおじさんは、あたしから最も遠い世界に生きている生き物だと分かる。おなじみ「何見てんだッ」と殴りかかるわけ。世の「男」っていうのは常にこういう心境で生活しているのだろうか? だから人ごみでわざと人にぶつかっていくような男とか、自分を少し不機嫌に設定している男っていうのが絶えないのか。そういうマイクロ暴力に訴える男は、夢枕獏先生の厨二漫画なんかは読んでも感動しないに違いない。ちなみに、夢枕先生の男ヒーローが活躍する漫画を読んでいるときのわくわくする感覚は、実は自分としては少し気持ち悪い。「男」なのを思い出してしまうからだと思う。ノンケじゃねえのに男女の結合に感動したりするなんてあたし頭オカシイんじゃねえか。でもやっぱり、最近のハリウッドおじさんたちの性犯罪のニュースに触れたときの自分の反応は、女性側ではなく、まぎれもなく「男性」のそれだと感じた。どこかで「セクハラでしょう?」と軽く見ている感じが否めない。

主演のケイシー・アフレックはセクハラ訴訟等の不祥事でしばらくハリウッドから干され、今年オスカーをもらいました。日本でも周りを見渡せば毎日毎日そんなことばかり。「男って!」と怒る人も多いでしょう。「男」でいることは恥ずかしいことかもしれない。私も、「男」としての何かを共有しながら、そことの距離をたまに測りながら「男」として生きちゃってる。「男」のくっそダメなところも含めて自分の中に持ってるゲイな私は、それでも「男」に惹かれてしまうの…

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。