大塚ひかりの変態の日本史 その10

万葉人の美の形容は「変態」

 言霊を信じていたとされる古代人ですが、『豊後国風土記』には、くるぶしがつかるほど敵の血が流れたから血田ちだ、『古事記』には敵を殺した手を洗った海だから血沼海ちぬのうみといった、現代人から見れば縁起の悪そうな地名語源話がたくさんあります。敵の血だから縁起がいいのかもですが、それはそれで古代人すげぇという感じ。『万葉集』には死ぬとか死ねという語も出てくるし、

「言霊気にして、いつも縁起のいいことばを選び、占いで人生決めていた」というような古代人への固定観念を打ち砕く世界が、古典には展開しています。

 形容の突飛さにも驚きます。

 『出雲国風土記』の国生み神話には「乙女の胸のようなすき()」(“童女をとめ胸鉏むなすき”)というセクハラまがいの形容もある。これは「少女の胸のように平ら」という説もあれば、「少女の胸のように広い」という説もある。いずれにしても、鋤という農業道具から「少女の胸」を連想しているわけで、小難しい学術用語で勃起してしまう思春期の男子よりも、エロい視線を感じます。

 極めつきは『万葉集』の黒髪の表現!

 若く美しい人(男女問わず)の黒髪を、『万葉集』では、

「巻貝のハラワタのように黒い髪」

って形容しているんですよ。

「天にある日売菅原ひめすがはらの草など刈るのではないよ。巻貝のハラワタのような漆黒の髪にゴミがついてしまうよ」(“あめなる 日売菅原の 草な刈りそね みなわたか黒き髪に あくたし付くも”)

「鴨でもないのに水上の船の上で浮き寝をしていたら、巻貝のハラワタのような漆黒の髪に、露が置いていたのだった」(“鴨じもの 浮き寝をすれば  蜷の腸か黒き髪に 露そ(ママ)置きける”)

といった具合。

 今の若い子に「みどりの黒髪」と言っても通用しにくいでしょうし、私自身、「からすの濡れ羽のようにつややかな黒髪」という表現をはじめて知った子供時代、長いこと洗っていない汚い髪のイメージしか湧かず、ピンとこなかったものです。が、『万葉集』の「巻貝のハラワタのように黒い髪」のグロさには負ける。

 『古事記』にはこんな表現もあります。

木幡こはたの道で出逢った乙女、後ろ姿は小さな楯のよう。歯並びは椎や菱のように白く形良い」(“木幡の道に はしし嬢子をとめ 後姿うしろは 小楯をだてろかも 歯並はなみは 椎菱しひひし”)

 応神天皇が今の宇治市の木幡の地で出逢った麗美うるはしき嬢子をとめの美貌の形容です。後ろ姿が小さな楯というのもさることながら、「歯並びは椎や菱のよう」というところにグッときます。まぁしかし、これなどは「巻貝のハラワタ」に比べれば、可愛いもんですが。

 黒髪を貝の内蔵にたとえたり、農業に使う鉏()を少女のふくらみかけた胸にたとえたり、現代人の思いも及ばぬ自然や道具にエロスを見出していた古代人。その姿勢は、人とは違うところに性的欲望を感じる変態と紙一重ではないか。というか、現代人から見れば変態そのものではないか。と思うにつけても、変態とは、文化や時代によって大きく変わるものなのだなぁと、痛感せずにはいられません。

 

大塚ひかり(おおつか ひかり)

 古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

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