「パヨクのための映画批評」42

オバマ期へのさよなら
~「ラ・ラ・ランド」(”LA LA LAND”、2016年、アメリカ)~

明けましておめでとうございます。皆さん、いかがお過ごしでしょう。

今年もまた映画の世界を意地悪く覗き込んで行きましょう…

さて、「ララ・ランド」が騒がれて既に1年経過。もう忘れちゃったわよこんな映画っていう人、いませんか。

夢見心地という意味らしい、ララ・ランドというタイトル、冒頭からカラフルな映像と、少し古い車が並んだ高速道路のシーンから始まる。音楽が本当に楽しくて大好きだし、ストーリーも入りこめて楽しかった。でも何かこう…観ていても驚きは無かった。そのため、ここで書こうにも何も思い浮かばなかったんです。きれいすぎるというか、「ミュージカルってこうですよね! はい、できました!」みたいな優等生感と、分かりやすいメッセージ。「分かりやすさ」「誤解の無さ」はアメリカ文化の素晴らしい点の一つ。司馬遼太郎も「街道をゆく」で「アメリカの道路標識は親切で、道を間違わないようにしてくれている」と指摘したように、私も、この映画評をアメリカ映画から始めたのは、やっぱりアメリカの映画が「間違いなく目的地まで導いてくれる」からだと思うのよね。私は、映画の放っているメッセージを勘違いして書いちゃうっていうのを恐れているのよ…やつらが…やつらが来るのよ!!!!! まぁ、来てもいいんだけど。

お話は若い男女(っつっても若者って言うにはちょっと…なミアとセブ)が夢を持ってあがき、成功を掴む時にロケット切り離し状態で別れ別れになる…そんなお話。

この私、実はゲイの合唱団に入ってましてね、歌メインの映画って大好きなのです。「天使にラブソングを」(監督さんはゲイ)から始まり、同じくウーピー・ゴールドバーグ映画「メイド・イン・アメリカ」「カラー・パープル」「コリーナ、コリーナ」等で使われるゴスペルに心酔し、のちに「シカゴ」「バーレスク」等オネエ方面に逸れて行っちゃった。「ウェストサイド物語」も1年に一度は観たい傑作。まぁ最近は専ら厨二映画にのめり込んでますが。

んでねえ、これからはフランス映画に取り組みましょうと思って、ミュージカル「ロシュフォールの恋人たち」を観たんだけども、「ララ・ランド」をまた全然違った側面から考えることになった。「ロシュ」、全てのシーンの色がありえない程キマってて、はっとさせられるほど美しい。「お話」中心になりやすいアメリカ等多くの国の映画に比べ、いわゆる「ラ・おフランス」映画は、その瞬間の映像がきれいなら、「いいじゃないの、今がよけりゃ(相良直美)」と考えるものらしい。「映画ってこうよね」という先入観をぶち壊しているのでしょう、そのせいか、観ててちょっと疲れました。そしてラスト、理由不明の物悲しさが残るんです。

あと、話ちょっと違うんだけどね、日本の「ダンスシーン」と言えば全員がびしっと同じ動きをする、YOSAKOIとかジャネット・ジャクソンの昔のMVみたいなのを想像すると思うんだけど…よく観て。「ララ・ランド」では揃ってはいるけど、YOSAKOI予備軍であるところのEXILEと比較すると個々の動きの方向が必ずしも揃ってない。更に「ロシュフォール」ではほぼ全部のシーンで揃ってない。ばらばら。でも、美しい。「ラ・おフランス=おしゃれ」と皆が熱狂する気持ちがよく分かった。製作意図の違い以上に、文化的な違いがあるのではと。関係ないけど、あたし、東京都のHPにも投稿したんだよ、東京五輪開会式では、YOSAKOIみたいな「日本らしくびしっと揃ったやつ」をやるべきだと。全国で、退屈のあまり「盗んだバイクでブロロロロ♪」しそうになってる若者を1000人くらい捕まえて来て特訓して、その様子を漫画・アニメ・映画にして感動ストーリー作って感動の当日迎えたら…日本社会の治安にとって極めて効果が高いと思うのよ。あの子達って基本「大いなるもの」に認められたいと思ってるんだから、警察予備隊として社会に吸収することもできるし…という提案をカイロ大出身の元アナウンサーがいつ気が付いてくれるのか、1年以上待ってるんだけど(イライラ)。

「ララ・ランド」、これは男の映画か女の映画かで言ったら、完全に男の自己陶酔の映画なんですね。女性の方は全然違う物語を読んでいるらしいんだわ。実際、大女優となったミアの方の進展ぶりと、未だに引きずってるセブの対比は強烈よ。私ねえ…これ監督の私生活上の何かが反映されている気がしているのよ…びゅおおおお

セブ役のライアン・ゴズリングはカナダ人で、カナダ人イケメン俳優であるが故に変な人。ゴズりんと、ミア役のエマ・ストーンが夕暮れの公園で踊るシーンがあるんだけど、もう私たちは「二人の華麗なダンスを観たい」と全く期待してない。ジンジャー・ロジャースとジーン・ケリーは期待してないわけ。そんなの、YouTubeを観た方がもっとすごいものを観られるから。そして、2人は「一般人よりは上手いがたどたどしい」というダンスをし、それを現代の編集技術でほぼカットなしで見せている。「シカゴ」のダンスシーンを「ぶつ切りのMVのようで、動きが危ないと思った瞬間にカットが変わる」と批判した人がいるんだけど、ある意味ゼタ姐さんを越えちゃったわけ。音楽と歌はものすごくよいし、特にゴズりんの不器用さはゲイ目線ではかわいいのだが、ロマンティックなシーンをぶった切るのはスマフォ。あの夢の無さ! 昔のミュージカルならそこでキスですよ。或いは雨が降るか。

その電話で呼び出されて行った次のシーン、お話にとって全く重要ではない場面なんだけど、それ故に、今後のハリウッドを暗示するシーンよ。ミアがその時のビジネスマン彼氏と、彼氏の兄カップルと食事するんだけどね、そこで何が起きたと思います? 何の脈絡もなく、ビジネスマンな兄貴が電話で中国語話したの。仕事でな。そしてエンドロールで分かった。中国の会社がお金出してんのよ。最近の竹美調査では「ハリウッドの宇宙系映画には中国が入り込んでくる」の法則(「メッセージ」「ゼロ・グラビティ」「パッセンジャー」等)があるんだが、こういうロマンス映画で、中華系アメリカ人ですらなく、対等(もしくはちょっと上)の相手として「中国」という存在が顔を出して来ているの。同じ年の大感動作の「メッセージ」では明確に「話のできる相手」として、「中国の」中国人を表現したし、少し前の「ゼロ・グラビティ」では中国の宇宙船に乗ってサンドラ・ブロックが地球に戻る。宇宙人との交信よりも、政治的にはそっちの方が意味大きいと思う。

そして、オバマ期へのさようならを最も表現したのが、ミアがオーディションで歌った歌。芸術が必要なのよ! 夢追い人が必要なの! みんな、騒ぎを起こそう! と歌われるんだけども、「格差ぁ」「差別ぅ」「けしからぬぅ」「ごめんなさいぃ」祭りをやってきたハリウッドが「オバマ期の終焉」に直面しつつあった状況について歌っているようでいて、でも反トランプ運動の展開等色々考えると微妙な気持ちに。

「ララ・ランド」はとっても楽しい映画だし、きれいなんだけど、オスカーを「ムーンライト」に取られてよかったと思う。これでオスカーもらってたら話がきれいにできすぎてて、マジで誰も思い出さない映画になっていたでしょう。あの若い監督さんはこれからどんなの撮るんだろう。ホラー映画とか結構いけるんじゃないかと思うのよね、あの人。男の内面のドロドロを映像にすんのよ。そうすると最後うっかりミソジニーが噴出したりして軽い火傷しそう。最初の作品「セッション」も製作会社は実はホラー専門のブラムハウス社。本人以外はあれホラー映画だよねと思って作ってたんじゃないか。舞台上に上がって、「ムーンライト」に作品賞取られたと知った、世紀のぬか喜び場面で、あなた何か凶悪なこと言ったでしょう。ネットに挙がってたわよ。KOROSUだったかしら。その怨念を次回作で思い切りぶちまけて欲しい。それが次のあなたの使命なのだゴゴゴゴゴ

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。