伏見憲明の書評

田亀源五郎 著「ゲイ・カルチャーの未来へ」(Pヴァイン)

 田亀源五郎は、その圧倒的な画力と世界観で多くのファンを世界に持つ。長くゲイ雑誌を中心にSMなどハードコアな作品を発表してきたが、2015年、一般の漫画誌で同性愛をテーマに描いた漫画が、文化庁芸術祭マンガ部門で優秀賞を受けた。

 その受賞作『弟の夫』は、それまでの作風とは正反対の啓蒙的なストーリーで、読者を驚かせた。ゲイをめぐる家族関係を描くことを通じて、世間の同性愛に対する無自覚な偏見や思い込みを揉みほぐしたかったという。

 本書はそうした創作エピソードや、田亀自身のおいたち、LGBTをめぐる状況などについて語り下ろした一冊である。この唯一無二のアーティストの内側を探るにはこれ以上の資料はないだろう。なかでも興味深いのは、彼のアート観である。

「性欲を肯定することは大切にしてきました」と語る田亀にとって、宗教芸術のような信仰への「供物」と、性欲と自己を追求するエロティック・アートは、通じるものがあるらしい。どちらも他の基準が入り込まない、内的な価値を追求する表現で、彼の理想とする「論理で説明できない強さ、批評を受けつけない強さ」があるからだ。

 実際、田亀の作品はおのれの欲望への絶対的服従によって、むしろ世間の外側に屹立してきた。「自分の欲情のメカニズムに基づいて描いていたら、『あなたがそれをダメだと言っても、私がそれで興奮するんだから仕方ないじゃない』と批評を拒絶できる」。これ以上にセクシュアリティに肯定的な言葉を聞いたことがあるだろうか! 過去のどんな人権宣言より、どんな社会理論よりも強度のあるメッセージだ。

 こうしたアーティストにスポットライトが当たるようになったのは、近年のLGBTへの追い風も関係している。もともと海外のアートシーンでは高い評価を得てきた田亀だが、ここにきてやっと日本社会もその稀有な才能に気づいたのだろう。

(初出 / 共同配信→ 北国新聞、愛媛新聞、高知新聞、山陰新聞、東奥日報など)