伏見憲明の書評
中村うさぎ編『エッチなお仕事 なぜいけないの?』(ポット出版)

90年代後半、女子高校生によるカジュアルな売春“援助交際”が問題になったことを憶えているだろうか。社会学者の宮台真司氏などが中心になってセックスワークの是非が議論になり、「性の自己決定権」という言葉も語られるようになった。筆者もその当時、さまざまな識者と議論したが、上野千鶴子氏にしても加藤秀一氏にしても…セックスワークに否定的な論者は、自身の生理的な嫌悪感をうまく論理化できていない、という印象が残った。(伏見憲明 編『性の倫理学』朝日新聞社刊を参照のこと)

そしてその後も、セックスワークの是非論は決着がつくこともなく、現在もくすぶり続けている。90年代は貧困が原因ではなく自己承認や遊び感覚のセックスワークがクローズアップされていたが、今日では社会全体の状況も変化し、再び貧困との関係も取り沙汰されるようになった。本書『エッチなお仕事 なぜいけないの?』は、作家の中村うさぎ氏が編者となり、セックスワークの当事者や、さまざまな論客と語り合った対談・インタビューなどが収録されている。さながら、2010年代のセックスワーク・スタディーズだ。

そもそも中村氏がクラウドファウンディングで資金を集めてまでこの本を作ろうと思った理由は、セックスワークに従事している女性たちの気持ちとは別のところで、一部のフェミニストや人権派の人々が一方的にそれを女性差別だと否定しようとしたり、規制をかけようとしていることに疑問を抱いたからだった。中村氏の立脚する立場は(本書でも繰り返し表明されるが)当事者の自己決定権を尊重すべきであり、セックスワークを特別視するのではなく、一つの仕事として職場環境や労働条件の問題として考えていくべきだ、というもの。

自身、デリヘル嬢の経験をレポートしたこともある中村氏は、セックスワークを「男の排泄道具」になることだとしたり、人間としての尊厳が毀損されたりすると主張する向きには舌鋒厳しい。「毀損しているのは、おまえだ。セックスワーカーを『排泄の道具』と見做すおまえの偏見と差別意識が、相手の尊厳を著しく傷つけるのだ。セックスワークという仕事自体が人間の尊厳を毀損するのではなく、その仕事に対するおまえたちの侮蔑こそが彼ら彼女らの尊厳を毀損しているのだよ」。中村氏は、女性を差別する社会や男性たちを否定する一方で、当事者を無意識に見下しているパターナリズム(父権的温情主義)のアクティビズムや、個人的な信念や感覚を相手に押し付けていることに無自覚な論者にも向かっている。どちらもセックスワーカーの存在をなめていることには変わらない、と。

一方、論敵となるフェミニスト、北原みのり氏らにすれば、自己決定していると思うこと自体が、社会や国家の差別の構造や、主体というものを成り立たせている力関係を見落としている、という反論になる。それを「自己決定した」などと安直に考えるのは、私たちが主体としているものへの疑義が足りないのだ、と。

この二つの思潮は平行線のままきたし、今回も中村氏の呼びかけに、北原氏らセックスワークに否定的な論者は応じなかったという。

ちなみに、筆者も本書に対談で参加しているのだが、そこでは自己決定に関してこんな議論を中村うさぎ氏としている。

 

伏見 まぁ、北原さんの言う「売春を自己決定権論という枠組みで考えたくない」というのも、ひとつの考え方としてはありだとは思うけど。
中村 その理由も、私、よくわかんなかった。「エージェンシー論」がどうこう、とか。私、バカだから「エージェンシー論」自体がわからないし。
伏見 僕は議論の「枠組み」自体について議論したかったんだけど。
中村 じゃあ、どんな枠組みでもいいよ。北原さんの好きな「男の女に対する抑圧」という枠組みで議論してもいいですよ。でも、やはりそこにどうしても「自己決定権」の話が出て来ちゃうんじゃないの? てか、そもそも「エージェンシー論」って何っ?
伏見 売買春の問題でも慰安婦の問題でも、大きな権力構造があって、人はその中の力関係や力の作用によって行動したり自己決定している。そこまではいい。本当は選んでいるようで選ばされているのだ、という視点はありだと思うの。でも、それだけじゃない。そこで「自分で決定していない」と言い切ってしまったら、その構造が悪だと認識しているあなたの自己決定自体も、あなた自身の決定ではないという話になるので、これは論理的に間違っていると。

 

……こうした論争はともかく、本書によってセックスワークの現場の実態を少なからず知ることができるのは大きな意味があるだろう。机上論とは関係なく動いていく現実のなかで、店舗型の風俗施設が規制されたことでセックスワーカーがデリヘルなど派遣型風俗に流れ、かえって危険な労働環境におかれていることなど、考えるべき課題も少なくない。

また本書には風俗嬢の本音座談会など興味深い読み物も多く、性を探求すべく主婦からセックスワーカーに転身した元主婦のインタビューや、トランスジェンダーの元セックスワーカーのレポート…など大いに考えさせられる。これらを通じて、風俗の現場で働く彼ら彼女らが抽象的な「セックスワーカー」なぞではなく、切実な生を抱えた人間としての表情が読み手には見えてくる。

伏見憲明
(初出・日本性教育協会HP)