大塚ひかりの変態の日本史 その11

「娘婿の沓を抱いて寝る平安貴族」

 変態とは何か。と、考えた時、その時代や地域の常識によって大いに異なることに気づかされます。

 その昔は自慰やインポテンツ、オーラルセックスまで変態とみなされたことこともあったと言います。

 農具の鋤を少女の胸にたとえたり(“童女をとめ胸鉏むなすき『出雲国風土記』)、黒髪を巻貝の内臓でたとえた(“みなわたか黒き髪『万葉集』)古代人も、多くの現代日本人から見れば変態でしょう。

 要は「その時、その場の常識から逸脱していると思われている状態や、状態にある人」が変態視されるわけです。

 その意味で、平安貴族は現代人からみると変態です。

 彼らは、娘の新婚三日間、婿のくつを抱いて寝る。娘と婿がセックスしているあいだじゅう、婿の沓を抱いて寝る夫婦の姿は滑稽を越して異様ですが、これが平安人の目から見るとあはれ”(しみじみ胸打たれる)と映る(『栄花物語』)

 平安時代は婿取り婚が基本。娘の親が婿の沓を抱いて寝るのは、婿が末永く通ってくれるようにとの祈りを込めた婚姻習俗で、そこには娘を思う親の愛、一族繁栄を願う、人としての当然の欲望がにじんでいるからあはれなわけです。無事、男が三日、娘のもとに通いおおせてセックスしてくれれば、親としては「ホッ」とか「ヤッター!」と、なる。

 娘に対する父親の期待もこの時代は上流貴族になればなるほど大きいものでした。『夜の寝覚め』には男は口惜しく、女はかしこきもの、と思ふ筋”(息子は残念で、娘は大事なものと考える家柄)という表現があって、要するに、天皇家に娘を入内させるほどの家柄だから娘が大事なわけです。

 娘を天皇家に入内させてどうするかというと、皇子を生んでもらって、その皇子を皇位につけて一族繁栄する。

 それにはまず娘が生まれてくれなければならず、生まれた娘が東宮なり天皇にセックスしてもらわなければならない。セックスしてもらうためには、「そそる女」でなければならない。

 それで、大貴族は、娘の誕生に備えて女の蔵”(『うつほ物語』)を用意したり、妻が妊娠すると「生まれる子が形良く、性格も良くなるといわれる食べ物」を妻に食べさせる。で、娘が生まれたら、とにかく日に当てないように美しく、教養豊かに育てる。

 晴れて入内すれば、東宮なり天皇が娘のもとに少しでも多く足を運んでくれるよう、楽しく過ごせるように、仕える女房たちも美貌で教養のある者を雇う。この時代、清少納言や紫式部などの優れた女房が現れたのも、こうした時代の要求があったからなんです。

 娘が皇子を生んでも油断できません。他のお妃に皇子を生まれては、娘の生んだ皇子が皇位を得るチャンスが減ってしまう。『うつほ物語』の大貴族は、出産した娘の容姿が少しでも衰えぬよう、手づから調理して娘に食べさせたりしています。『うつほ物語』はフィクションですが、現実の反映でしょう。

 娘が男にセックスしてもらえるよう、父親が躍起になっていたのが平安貴族の時代だったのです。

 そんな平安貴族から見ると、娘の結婚式で泣く父親は、変態かもですね。

 

大塚ひかり(おおつか ひかり)

 古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

絵・こうき