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沢田アキヒコの「偏愛インタビュー」

第2回 小説家 ヒキタクニオさん

「マイノリティが背負う魅力」

 ヒキタクニオは、アーティストだ。若き頃には、立体やグラフィックなどのさまざまなアート作品を発表した。バブルの時代には、大箱のディスコのデザインを手掛ける仕事もしている。そんな華やかなクリエイターとしての経歴を持つが、2000年に創作のスタイルを小説へと転じた。デビュー作の『凶気の桜』はいきなり話題となり、映画化もされてヒット。そこに描かれるヤクザやナショナリストの姿は、新たな風を起こした。小説作品に描かれたのは、どこにでもいるようで「なかなかいない」人物たちだった。

■「個」を描くこと

「小説にお喋りなヤクザを登場させたら、『こんなに喋るヤクザはいねえよ』とネットに書かれたことがあります。分かってないなあと思いました(笑) ヤクザの数は2万人だから、それはもういろいろな奴がいるわけです。現場に新品のピカピカのベンツで乗りつける奴もいれば、自転車で来る奴もいる。彼らが属するのは縦の組織、いわば会社と一緒です。サラリーマンだって、社長から平社員までいますよね」

 小説や映画において、ヤクザが暗躍する作品は数多くある。ハードボイルドの小説で定番とされる彼らのイメージは、もはや完成されているかのようだ。ヤクザと聞いて、まずわれわれが思い浮かべてしまうのは任侠映画に出てくるような強面の人物像だが、「お喋りヤクザ」のように、ヒキタクニオの作品ではそのバリエーションも豊かだ。それは、緻密な取材の賜物なのだろうか?

「取材はほとんどしません。意識しているのは、『個』を書くということです。ヤクザもサラリーマンも『個』、彼らに違いがあるとすれば、人を殺せるかどうかかな。例えば、中学生が出てくる小説を書くときに、いちいち取材をしていたら、いったい何人に取材しなきゃいけない? 中学生なんていっぱいいるのに(笑)よくギャルやゲイを書くのが上手いということも言われるけど、それもただ『個』を書いているだけです。取材をしなくても人間ありきで考えれば、それが登場人物になっていく」

■ ゲイは、しょっている?

 これまでの作品を振り返ると、登場するのはヤクザばかりではない。性別も年齢も職業も関係なく、様々なパターンの『個』が描かれる。近刊の『突撃ビューティフル』(廣済堂文庫)は、美容整形外科のクリニックが舞台だ。年寄りの院長である加々見を頼って訪れるのは、OL、中学生の少女、女優などさまざま。登場人物に共通する部分があるとすれば、言うなれば何かしらのマイノリティであることだ。まるで、マイノリティに光を当てるために書かれた作品のようだ。

「『美容整形のクリニックに集まるのは、こんな人間だよ』ということを書いたら、たまたまマイノリティだったというだけです。ゲイだって、ゲイを書こうと思って書いてはいません。世の中、 ステレオタイプの作品が多い。『ゲイだからこうだ』という簡単な人間の把握の仕方じゃダメだよね」

 例えば、クリニックで働く看護師のラン丸。彼は、元自衛官でレンジャー部隊出身という肉体派だ。しかしその姿は、日焼けした肌、ホットパンツ、裸足……、映画の『Mr.レディ Mr.マダム』に登場するゲイにヒントを得たというビジュアルだ。極めて分かりやすい造形である。こういったマイノリティは書きやすいのだろうか?

「過剰に書くことができるというのはあります。よくゲイが出てくるのは、人間のバラエティに富むからです。だって、ひとつ複雑なブロックをしょっているでしょう? 男女の関係だけでは描けない複雑な力関係になるから、小説も面白くなるんです。オカマなら、男が言えないようなひどい言葉を女の子に投げられるしね」

 ——しょっている。確かに、加々見のクリニックには「容姿」に悩みを抱えた患者が集まるのだが、秘密を隠し持つように世界を生きている各々も、しょっているように見えるかもしれない。彼らは加々見との対話により、自らの問題と向き合う経験をする。キャッチ—なキャラとして登場したラン丸だが、彼にも母親の病気という現実的な問題と直面する展開が待っている。

「今は経験値が少ない医者が多いと思います。理系の勉強だけできるエリートの医者ばかり。だから、文系の『赤ひげ』みたいないい医者を書きたかったんです。加々見は、整形外科なのに往診までする医者ですから(笑)」

■マイノリティの愉楽

 そんな加々見も、しょっている。彼もまたゲイであり、刺青が入った体には、背骨に沿うように金属のリングをいくつも埋め込んでいる。これは、肉体を改造していくという彼の趣味だ。この作品のタイトルには、『クローゼット』という言葉が候補にあったという。これは、セクシュアル・マイノリティが性的指向を公表していない状態を指す言葉なのだが……。

「初めて『クローゼット』という言葉を聞いたとき、胸がぎゅんってしました。世間からすると、それは悲しいことかもしれない。だけど、どこかで愉しんでいる部分がある。それが、『クローゼット』という言葉には込められていると思いました。加々見の場合は、隠しておかなくてもいいんだけど、いろいろな反応をされるのが面倒くさい。だから、秘密にしておこうという感じかな」

 加々見は、新宿二丁目のゲイバーを訪れる。そこには同じ愉しみを知る人間だけが集い、酒を飲む。この密室のごとき空間には、誰からも知られえない濃密な空気が漂う。

「いろいろなものを背負うことは、実は快感にも通じると思います。加々見がやっているような肉体を改造するアートがあって、パーフェクトヒューマンといいます。これ、昔から好きなんですよ。彼らは、自分を作り変えていくことに喜びを覚えるんですね。決して『モテたい、好かれたい』ではない。どこまでも自分だけの世界です」

 自身も、ゲイだと思われることが少なくない。描く世界のリアリティゆえなのだが、愚問と知りつつも新宿二丁目を取材した経験をうかがうと、きっぱり否定の言葉が返ってきた。

「人を見た目で判断するなよ(笑) ゲイバーにいるオカマだけがゲイじゃないでしょう? もし自分がゲイだったら、もし在日だったら、『書くの上手いですね』と言われて肯定できるので、答えるのが楽です。でもそうでなくても、マイノリティと呼ばれる人を書いていいんじゃないかと思っています。それはやはり、『個』を人間ありきで書いているからですよ」

■ミステリを書いてみて

 近年は、ミステリの手法を取り入れた作品の刊行が続いている。最新刊『触法少女 誘悪』(徳間文庫)も、手応えを感じたというミステリ作品の続編だ。新しい技を手に入れることで、またひとつ広がった小説の世界。この先も、ミステリの執筆には力を入れていくという。

「ずっと剛速球ばかり投げてきたけど、最近どうも打たれるなあと。つまり、売れなくなった。それは、書きたいものばかり書いて、読者を想定していなかったからだと気づきました。ミステリ小説は、いかに読者を翻弄させるかでしょう? それを考えて書いてみたら、面白くなったんです。つまり、ナックルボールも投げられるようになりました」

 ヒキタクニオと馴染みの深いアートの世界では、既存のスタイルを踏襲しつつも打ち崩し、新たなものを作り上げるのが常だそうだ。この手法は、小説を書くようになっても、取り入れている。

「実験をするのが好きなんですよ。山口洋子が作詞した五木ひろしの『よこはま・たそがれ』は、ブルースや歌謡曲によくあるフレーズを組み合わせて、歌詞が作られています。同じように、ミステリで定番の言葉やシーンを組み合わせて、書いてみた小説があります。『現金受け渡し』『崖』などを使ってね。ミステリでは、読者の意識を他に向かせて場面を動かしたりと、詐欺師のようなことができるのが楽しいんです」

 昨年に発表した『こどもの城殺人事件』(角川文庫)も、その名の通りミステリだ。この作品に登場するのは、有名高校に通う子どもたち。ネタバレになるため記述できないのがもどかしいが、彼らもまたしょっている。

「ミステリを書くときには、人間ドラマを外すようにしています。でも、これまで人間ドラマばかり書いてきたから、どうしても入り込んでしまう。『こどもの城殺人事件』に出てくる人物もそうかな。でも、これくらいの案配がいいのかもしれないですね」

(取材・文/沢田アキヒコ)

 

ヒキタクニオ(ひきたくにお)

1961年福岡県生れ。イラストレーター、マルチメディアクリエイターを経て、2000年に『凶気の桜』で小説家デビュー。2006年、『遠くて浅い海』で第8回大藪春彦賞を受賞。『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』は、男性の不妊治療を書いたノンフィクション。他に『鳶がクルリと』『桜小僧』『跪き、道の声を聞け』『カワイイ地獄』『裸色の月』など多数の著作がある。