あっきー★らっきー水曜日 その14

「ヒキタクニオさんの料理の味」

 ヒキタクニオさんの自宅パーティーに、呼ばれたことがあります。アートの世界から文芸へと転身し、「ぜひ我が社にも原稿を!」と各出版社から編集者が殺到していた頃です。当時のヒキタさんのパンクな佇まいに(と言っても、あまりお変わりないですが)若干のビビリが入りながらも、何かおこぼれを預かろうと、「ボクだって、担当ですからー!」と名乗りを上げていました。

 ちなみに、2作目に刊行されていたのが、鳶職人が主人公の小説。

「もしゴリゴリのガテン小説だったら、どうしよう?」

 小説においては、文章が過剰なマッチョイズムに満ちていると、気持ちが遠のいてしまう僕です。しかし読んでみれば、高い技術が伴う仕事が仔細に描かれ、彼らが志を貫くさまに胸を打たれました。また視点人物が女性であり、暗い顔は見せない職人の粋も、作品を軽快な印象にしていたのかもしれません。

 そんな杞憂も経て開かれたのが、パーティーでした。担当編集者が一同に、お誘いを受けています。作家からもてなされることには慣れていない編集者ですから、みな少々の戸惑いを抱えながら訪ねました。玄関で待っていたのは、なんとエプロン姿のヒキタさんです。

「今日のテーマは、ゲイバーのママの手料理。よろしくねっ!」

 そんな口調だったかはさておき、発せられたのがこの宣言。テーブルを見ると、大皿の料理が並べられています。どれも手の込んだ品々で、きっと前日から準備をしていたに違いありません。一瞬で緊張が緩み、誰もが笑っていたようでした。

 しかし僕は、わずかに涼しい風が過ぎるのを感じました。「ゲイバーのママ」って、どういう意味なんだろう? その設定は必要なのだろうか、と。 

 乾杯の声があがり、口にした料理。それが、どれもこれも美味い! また年齢が変わらない編集者ばかり集まりましたから、すぐに何かのサークルのように打ち解けました。その間のヒキタさんは、バブル時代の逸話を披露したり、次々と料理を運び込んだり……常に動き回っていたように思います。酒が進むうちに、先の違和感は消えていました。

 きっとこれぞ「ゲイバーのママ」の手腕だ、そう思いました。年下の編集者が相手なら、こなれた接客ができたほうがいい。男が腕を振るうよりも、ママの手料理のほうが馴染みやすい。そんな味な配慮があったんだと思います。きっと人間への理解が、ずっと深いところにある。そう確信した僕は、頭が下がりました。

 そんなことも思い出してのインタビュー(「沢田アキヒコの偏愛インタビュー」)。前置きがかなり長くなりましたが、ヒキタクニオさんの著作を3冊セレクトします。

 デビュー作『凶気の桜』(新潮文庫)で主人公が自称するのは、「ネオナチ」ならぬ「ネオ・トージョー」。このネーミングだけで、もう秀作の予感です。彼らは、古参のイデオロギーよりも衝動が優先する。しかし当然のごとく「本職」の大人の前で、力に凌駕されてしまう。後半、もがきながら闇へと呑まれいくさまが克明で、ノワールの色も併せ持つ作品だと思います。

 女子が最大の価値を置く「カワイイ」で連なる短編集が、『カワイイ地獄』(講談社文庫)。収録の『さよならマルキュー』では、少女が自殺を完遂した後、徐々に消えゆく自我が描写されます。現実から少し外れた世界が入り込むのも、ヒキタ作品の魅力です。『透明な水』は、水商売を入り口に裏社会と繋がり、破滅をみる話。同業として、これには背筋が伸びる思いです。

『桜小僧』(PHP文芸文庫)は、訳して字のごとし「チェリー・ボーイ」のこと。読み返したら、あまりにおバカな高校生の言動の数々に吹き出しました。彼らの頭の中は四六時中、チンポとセックスのことばかり。ヒキタさんは、その担当者に合わせて小説をイメージすると聞いたことがあります。この原稿を受け取ったのは、僕です。この頭の中にあるものって……。ただひたすら恥ずかしい!

 

あっきー(水曜担当)

【プロフィール】 1975年埼玉生れ。
出版社に16年間勤務し漫画や小説などの編集に携わったのち、
なし崩し的にフリーに。
NPO法人「企画のたまご屋さん」では、出版プロデューサーを務める。

twitter / @akkyluckybar