パヨクのための映画批評 50

B(=バカ)級映画万歳
~「ヘルケバブ 悪魔の肉肉パーティ」(”BASKIN”、2013年、トルコ)~

この作品を取り上げてもいいのかなと考えて約1年悩みました(これでも遠慮してたのよ)…あまりにも人を選ぶ映画なので、万人にお勧めできません! 断言します。ホラーです。しかももう今日は50回記念だから(何の記念か?私の目標「1年に50回」を達成したって意味よ)、いつも以上に好きな映画の名前出すよ。本作の舞台はゲイにも人気?の観光スポット、トルコだよ~さーてトルコってどんなところなのかな…

ホラー好きの間ではずっと話題になっていましたが、2010年代後半アメリカのホラー映画には明確に1980年代回帰のブームが見られました。「イット」が舞台を80年代に設定したのも恐らく同じ流れでしょう。

・低予算で食欲を一瞬で無くさせる絵作り

・CGではなく特殊メイクや着ぐるみ、装置で怪物を表現する

・音楽にシンセサイザーや電子ドラムを多用

・少し物悲しいストーリー

・厨二と相性が良い

・色使いがどぎつい

の特徴を持つ作品が次々と製作されています。Netflixドラマの「ストレンジャー・シングス」の大成功は言うに及ばず、前に取り上げた「ターボキッド」はその王道でした。「イット・フォローズ」は音楽が80年代風で時代設定がぼやける画面作りがステキだったし、ど直球の「マインズ・アイ」(ハリー・ポッターの偽物と変態科学者ジジィ(ちょっと好き)が超能力対決する厨二映画)、「The Void」(ちょっと悲しいお話だけど、食欲無くす80年代テイストに息をのむ)、「Beyond the Gate」(上記のハリー・ポッターの偽物が80年代のボードゲームに挑む。音楽がいい)、「喰らう家」(ラストシーンで原題の意味が分かって胸がつまる。音楽は「Beyond the gate」の人と同じ)…ああ好き。子供の頃にドキドキしながらホラー映画や漫画、アニメ、ゲームに接していた世代(私も)が遂にモノづくりの最前線に出てきたのでしょう。80年代のホラーは、低予算だったためと見られますが、絵が汚くて、尚且つアメリカ映画が都会を恐怖の場所として描いていたこともあり、お話や設定もやや暗めで不安が満ちていました。

さて今回取り上げる作品「ヘルケバブ 悪魔の肉肉パーティ」(なんつー邦題だよ)。舞台はトルコの田舎町。パトロール中の警官たちが緊急呼び出しで大きな廃屋に呼び出されるが、地元の人々が近寄りたがらないその場所には、凄惨な儀式を行う宗教団体の人々がうごめいていた…

私、この「バカ邦題ホラーDVDシリーズ」っての、軽くイライラしながらもたまに佳作があるので好き。「喰らう家」のDVDジャケットとキャッチコピー「グゴッグゲゲゲゲエエエエ」は最高にバカでしたが作品は非常によかった。本作は、DVD発売時等には最初「おいでよ、肉フェス」というコピーが踊っていたそうな。それが折からの肉フェス食中毒事件で「野菜の次、お前!」に変えたといういわくつき。でも何だろうね、この体質。日本の視聴者は、今や海外のものをダイレクトに見られる段階に入っていて、元々のポスターやタイトルが日本に入った途端に別物になるという現象にも気が付いているよ。

断言しておきますが、悪魔も肉肉パーティもケバブも出ません。ヘル=地獄はあるな。

本作、最初の10分程は、ストーリーと全く関係ないように見えるシーンが続き、80年代グロホラーを期待してた人にとっては肩透かしかも。でもね、「ここはおっさんたちが気持ちよく過ごす社会空間なんだよ~」という状況を最初に説明しておく必要がある映画なの。ノリノリでおっさんたちがパトカーの中でトルコの演歌を歌うんだけどね、これ、私みたいな人にとっては「うわー私絶対トルコで生きていけない」って思わせる。息苦しいわけ。これは恐らく、外に出た人が自国文化を見つめる目線の一つなんだね。一旦距離を取ってみて、まだそこまで自国文化を愛せてない目線…自分自身もその一部であると受け止める前の段階…のように見える。やっぱり世代的にも私と同世代位のようで。情報革命の結果として「先進国」の視点を以て自国の習慣を問い直すという現代性と、子供の頃の映画の刷り込みは抜けない、という2点の交差点上にある映画なんだと思う。

その意味で言えば、メキシコの「メキシコ・オブ・デス」は、血なまぐさい自国社会の側面を批判的に見つつもホラーの形で称える作品として、一部バカ映画だけどよくできている。80年代テイストではないけれど。社会の歪みをホラーとして表現するのは、日本でもあるよね。未だに尽きない現代日本の怪談は、女性差別、民族や門地による差別の肯定、男性恐怖、対人恐怖、潔癖等の表明のはけ口として機能していると思う。

翻って本作、社会にのさばってるおじさんたちがどんな制裁を受けるのかというザマミロ視点で観始めると、お見事で痛快な映画。案の定、不思議な人々に拉致された警官たちは儀式の生贄になります。もう阿鼻叫喚の地獄絵図よ。そこに何の説明も無いから笑っちゃう。音楽も「え?」っていうタイミングで電子ドラムの音が入るところがあってしびれました。それぞれ始末される警官たちなんだけど、冒頭のシーンで自分の性体験をベラベラしゃべる、うざい警官がいるのよ。食堂で働く男の子に突っかかったりして。その彼が最も強烈な罰を受けます。主人公は若者(やけにハンサム)で、おじさん達の暴走に少しヒいているのだけど、今回のこの一件により、子供の頃から見ていた夢を通じて何かが覚醒するよ。謎の宗教団体の中の人の恰好がまたすごいし…

ストーリーに意味とか求めたらダメなんですけどね、こういう映画は。でも、バカ映画かどうかで言えばややバカ、邦題はバカまっしぐら、でも浮かび上がる社会像は説得力があるというバランスが好き。というか本作元々バカ映画としては作ってないのを日本のセールス手法のせいでそう見えちゃってるってだけだね。おまけに、アメリカ人ではなく、トルコの人が自らの社会をぶった切る一つの手法としてアメリカの80年代風ホラーの演出を選んだということに心から謝意を表明したい。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。