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大塚ひかりの変態の日本史 その12

「『落窪物語』の変態臭 」

 『落窪物語おちくぼものがたり』は今から千年以上前、十世紀後半に書かれたとされる元祖・継子いじめの物語。 

 そのいじめのえぐさは物語のタイトルにも表れています。

 継母はヒロインである姫のことをとも御方とも呼ばず、もちろん召使たちにも呼ばせずに、

落窪の君と呼べ」

と命じていた。家の落ちくぼんだ箇所に住まわせられていたためですが、物語では再三再四にわたってその名がいかに恥ずかしく屈辱的であるかが繰り返されます。それもそのはず、とはまんこの古語。落窪とは「劣りまんこ」「腐れまんこ」的な名でもあったからです。

 言霊パワーが機能していた古代には、屈辱的な名をつけることは刑罰でした。

 有名なのが和気清麻呂わけのきよまろです。

 彼は、道鏡を皇位につけようとした称徳天皇に、宇佐八幡宮の神意を確認させられるものの、女帝の意に反した神託を持ち帰ったため、「別部穢麿わけべのきたなまろ」と改名させられ流罪に処せられます(『続日本紀』神護景雲三年九月二十九日条)。称徳天皇は孝謙天皇時代(称徳は孝謙が重祚した女帝で同一人物)にも、橘奈良麻呂の変に連座したとして道祖王を麻度比まどひ”(マヌケ)、黄文王を多夫礼たぶれ”(キチガイ)という名に変えさせ、杖で打たせて獄死させている(同天平宝字元年七月四日条)

 ひどい名前を与えることは流罪や死刑とセットになるほど深刻な虐待だったのです。

 

 『落窪物語』のヒロインは、「劣りまんこ」とあだ名されただけではありません。ろくな着物も与えられず、家族旅行にも一人取り残されて、ひたすら家族の着物の縫い物をさせられる。あげく、イケメン貴公子が彼女のもとに忍んで通っているのを継母に見られ、生臭い魚なんかが貯蔵してある臭き部屋に監禁されて、継母が差し向けた六十近い貧乏医者に胸を探られ犯されそうになります。

 継母は、落窪に関しては、

”男あはせじ”(男とは逢わせない)

と考えていた。結婚させずに、死ぬまでこき使うつもりだったのです。なのに貴公子なんかと結婚したら、「好き勝手に使えなくなる」と思うと、ねたう感じた。”ねたう”というのは憎いと同時に、いい男を通わせている継子が妬ましかったのです。自分の夫(ヒロインの父でもある)は半分ぼけかけた老いぼれ。そんな自分や実の娘よりも、いい男を通わせるなんて許せない! という気持ちが継母にはあった。それで彼女を男から引き離し、自分のコントロール下に置けるよう、心身共に辱め、ぼろぼろな状態にしておこうとしたのです。

 すんでのところで姫は救われるとはいえ、継子いじめと言うにはあまりにえぐい、犯罪行為とも言える虐待が生々しいのですが……

 実はこの物語、スカトロ趣味にあふれた古典としてもつとに有名で、やたらとウンコが出てくる。

 まず貴公子が姫のもとに通って三日目の夜、つまり正式に結婚が成立する晩のこと。腹心を伴って出かけた貴公子は道で盗人と間違えられて、土砂降りの中、土下座させられる(実はこの貴公子の腹心は、ヒロインに仕える唯一の侍女の恋人で、この腹心の働きで、貴公子はヒロインのもとに通うようになったのです)。ところがちょうど地面にしてあったの上に座ってしまう。

「どうしよう。こんなウンコ臭くては、かえって姫に嫌われてしまうのでは」

と焦る貴公子に、腹心は、

「こんな雨の中お訪ねになれば、殿の深いご愛情で、ウンコの香りは麝香じゃこうの香となりましょう」(“かかる雨に、かくておはしましたらば、御志を思さむ人は、麝香の香にも嗅ぎなしたてまつりたまひてむ”)

と励まして、その足で姫のもとに行く。もちろん姫に逢う前には洗い清めるものの、なにしろウンコです。ぬぐいされない臭さの残るカラダで貴公子は姫とまぐはふのです。

 姫が臭き部屋に閉じ込められ、継母に差し向けられた老医者に犯されそうになった絶体絶命の時もウンコが出てきます。

 冬の夜とて、ただでさえ寒いところに、暖房もない納戸の中。老医師はお腹をこわして、その場でひちひち”(びちびち)とウンコを漏らしてしまう。

でやする”(クソ、出てるじゃん)

と驚いた老医師は尻をかかへてあわてて逃げ出します。その隙に、姫君は救出されるのです。

 

 ウンコの香りを麝香の香に見立てて姫も喜ぶでしょう……などというセリフが出てくる『落窪物語』。

 その作者は思うに変態志向があったのでしょう。

 ここから先は賛否あるとは思うのですが、虐待は性的興奮を伴うサディズムと重なるところが大きいと私は見ています。

 なぜ継子いじめのような虐待話が古今東西喜ばれるかというと、ラストで被虐待者=弱者が一発逆転の爽快感というのもありますが、虐待話には性的欲望がひそみ、性的欲望が刺激されるからでしょう。それもサディッスティックな性的欲望が……。

 この連載では「変態」をプラスの意味で使ってきましたが、サディズムが変態の範疇に入るとすれば、虐待は激烈に悪い意味での「変態」とも言えるのではないか。

 冬に下着も着せず薄い着物一枚と袴だけで過ごさせたり、臭い部屋に押し込めて、老人にレイプさせようとする……こうした継子いじめは、マイナスの極致にある変態趣味の表れでしょう。

 平安古典の中でも、そのスカトロ趣味で異彩を放つ『落窪物語』。

 継子いじめをテーマにした時点で、作者の変態志向は透けて見えていたと思うのです。 

 

大塚ひかり(おおつか ひかり)
古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

絵・こうき
http://aday.online/2018/03/12/asahi/