「変態年増のMixBox」その5

『ジューン・ブライズ(六月の花嫁たち)』

「変態年増のMixBox」というコーナータイトルは、とある変態年増の所有するいろんなシロモノをごっちゃに放り込んだ箱、といった意味です。なので今回は小説です。これは日本初のレズビアン商業誌に収録された一本で、いまから二十年以上も昔の作品なのでした。我ながら、いかにも若かりし日の原稿だな、といいましょうか、未熟さと同時によくまあこんな純情げな作品したためてたもんだわよこのアタシがさぁ、と思える一編です(この数年後には貝合わせだの女性器だのについての文章、書き散らすんですけどね)。いつものより長めのため読むのがウザいと思われますゆえ、よっっっぽど!おヒマなときにでもお目通し願えましたら、幸いです。

なお、タイトルは『ジューン・ブライズ(六月の花嫁たち)』だというのに公開が六月末のぎりぎりになってしまったこのブザマな事態、ここに深く激しく狂おしく、お詫びいたします。

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「いよいよ明日ね、舞子ちゃあん♪」

 金曜日の夜、新宿二丁目の行きつけの店に入るなり、リカとスミレの能天気コンビに両側から挟み撃ちにされた。今週全体の仕事の疲れがどっとぶり返して、カウンターに突っ伏しそうになる。

「二十五年間大事に保存してきた『童貞』とも、ついに明日でおさらば。感無量よね、ぜひいまの心境、聞かせてちょうだいな」

「ああらスミレ、聞くだけヤボってもんじゃない? アラサーになるまで長年必死に抑え込んできた欲望、明日一気にまるごと全開できるんだから。いまはただひたすら二十四時間後に思う存分オモチャにできる女体について、内心ヨダレたらしまくってるだけなのに決まってるじゃなぁい♪」

「う、うるさいなぁ、ほっといてよ……」

 本当はもっと威勢よく抗議の声をあげたいところなのだが、いまのわたしは個人的な問題に頭を占拠されている。友人ふたりの冷やかしにも、弱々しく応じるのが精一杯だ。

 明日、ここ半年ばかりわたしの関心のすべてを捉えて離さなかった女性・沙希が部屋に遊びに来てくれるのである。彼女の二十五回目の誕生日をお祝いするという名目のもとに。

「ほぉんっとにうらやましいわぁ、あたしなんて最後にしたの、十ヵ月と十日前なんだからね」

「ちょっと、十ヵ月くらいご無沙汰だからってエラそうな顔してんじゃないわよ。あたしなんか、丸四年も女体にありついてないんだからね。健康な精神とカラダの持ち主である二十代の女好き女が、四年ものあいだなんっにもなし! 先祖が犯した悪行の報いがタタってんじゃないかとさえ思うよ、もう」

「リカの場合、相手への要求が厳しすぎんのよ。最低でもEカップ以上の巨乳で、ドラ●もん体型のセーラー服の似合う年上。そんなもん、そう簡単に二丁目で出会えるわきゃあないって!」

「だぁって、あたしデブ専で制服フェチでお姉さま願望アリなんだもん……」

 同性を愛するひとびとの世界では、不思議なほど〈好みのタイプ〉にこだわる者が多い。リカのケースは極端すぎるとしても、年上か年下か(年上需要高し)、体型(「激ぽちゃさんはごめんなさい」多し)、フェミニンかボーイッシュか(フェミニン人気激高)など、多かれ少なかれ誰でもこだわりは持っているようだ。

 そこへいくと、わたしなんて相手への要求は少ないほうだと思う。ただ、わたし同様、外見も内面も自然に「女」で(生まれつき女性にしか興味がないので、一人称が〈俺〉とか〈僕〉というのはちょっと困る)、性格はどちらかといえばおとなしめ(自分自身が比較的にぎやかなタイプなので、相手もそうだとうるささが倍増されて疲れそう)、まあルックスはかわいいにこしたことはないがいわゆる典型的な美人顔は人工的な感じがしてソソられないので、そこそこだったら充分である(わたしが恋している相手は、けっこうかわいいほうだけど)。年齢についても、上でも下でも同い年感覚で付き合えたらいいかな、程度にしか思っていない。

 こんな控えめな要求のおかげか比較的誰とでも簡単に打ち解けられる性格のためか、これまでにも何度か密室で女性とふたりきりのいい雰囲気になったことはある。だが、にもかかわらず、わたしは一度も——

「でもねえ、舞子の場合は例の持病があるから、せっかくのチャンス、またしてもフイにしちゃうかも……」

「チョモランマの八合目あたりより高いとみた、その公算」

「そう……思う、やっぱり……」

 街灯さえないド田舎の山中の午前二時なみに暗い声を押し出したわたしに、友人ふたりはびくりと視線をくれた。

「や、やだ舞子、なにマジになってんのよ。今度こそは大丈夫だってば」

「だけどさぁたぶん、やっぱいつものパターンにハマっちゃうんじゃないのぉ? 先方から手ぇ出してくるの、黙って待ってるだけじゃあさぁ」

 と、不吉に言い放ち、ニヒルな手つきで煙草——わたし自身は吸わないが、女同士の世界はなぜか喫煙者率が高い——をふかす、デブ専+老け専+制服フェチ女のリカ。

「舞子って普段から小ウルサくて、おまけに痴漢の顔面殴りつけたりするほどの強気アクティブ女じゃない。コトが起こるとしたら絶対こいつから手ぇ出してくると思うわけよ、相手は。でも一度なんにもナシで朝を迎えちゃったら、『あ、このひとあたしのことただの友達としか思ってないのね』てな具合に免疫ついちゃって、その後は永遠にオトモダチ扱い。舞子のほうはガチで惚れちゃっててもね。これこそ、舞子が四半世紀にわたって童貞女のままできた、哀しいカラクリなんだからさ」

「じゃ、勇気出して舞子から相手の子にノシかかっていくしか道はないってわけね」

「そ、それができないから苦労してんじゃないのよ……!」

 高校時代、三年間本気で思いつづけた同級生がいた。卒業後上京する予定だったわたしに、とうぶん会えなくなるからと、彼女は家に泊まりにきてくれた。これが最後なんだし気持ちにふんぎりをつけるためにも、と一世一代の勇気を振り絞ってわたしは告白した。友情ではなく、恋愛の対象として好きだと。

〈へえ……い、いや、けっこう嬉しいかもっていうか……〉

 友達はとまどいながらも、ウェルカムっぽく照れ笑いをしてくれた。

 とりあえず、ようやく三年越しの重荷を下ろせた。緊張の糸が切れて脱力しまくったわたしは、そのまま彼女と枕を並べてぐっすり熟睡した。

〈……からかってたのね、ゆうべのは……!〉

 翌朝、予想もしていなかったセリフを投げつけられた。おろおろと取りすがるわたしを冷たく振り払い、彼女は去っていった。

「そりゃあ完璧期待してたのよ、あんたが『めくるめく未知の快楽』を教えてくれちゃうことを、さ」

「そうそう。せっかくその気になってたのに、恥かかされたって思ったんじゃない?」

 二丁目デビューしてリカとスミレの意見を聞くまで、わたしはあのときの自分のどこに落ち度があったのかと何千回も眠れない夜を過ごしたものだった。

 あれ以来、意識する女性とふたりきりで過ごす時間がたまらない苦痛になってしまった。何度かあったチャンスも緊張感に耐えきれず、〈秘技・据え膳チャブ台ごとひっくり返し〉の連続。そして一度なにもない夜を過ごしてしまうと、リカの言う通り友達としての免疫ができてしまい、恋愛の対象としては二度と見てもらえなくなるのだ。

「あらかじめちゃんと舞子の気持ち、伝えてあるの? 『あたしのオンナになって!』とかさ」

「冗談ノリでしょっちゅう『愛してるわ沙希♪』なんてやってるけど、あたしこういうウケ狙いなキャラじゃない。とてもじゃないけど本気で受けとってくれてはいないと思う」

 沙希は人見知りするわりには一度なついた相手には甘えるタイプらしく、いつもわたしの姿を見つけるなり後ろから抱きついてきたりする。そのたびにわたしは背中に感じる彼女のC(D?)カップの感触に、鼻血を抑えるのに必死だったりする。

 彼女はどういうつもりで気軽にスキンシップしてくるのだろう。わたしだったら、意識している相手に無邪気に抱きつくなんて絶対に不可能だ。ということは、向こうはこちらに対してまじりっけなしの友情しか抱いていないということになってしまう。

 根は臆病なわたしのこと、もし彼女のわたしへの気持ちが百パーセント友情だった場合、へたに恋心を打ち明けてふたりの関係がぎくしゃくしてしまうことを恐れて、どうしても真顔で面と向かって告白できずにここまできてしまったのである。

「じゃあさ、恋愛感情の確認はともかく、もし気持ちが通じてた場合、相手のほうから手ぇ出してくる可能性は?」スミレが訊ねた。

「絶対、ない。ガチで。とにかく、基本的におとなしくて控えめな子だもん、あっちから能動的になにごとかヤラかすなんてこと、地球最後の日になったところでありえないね!」

 伏し目がちで人見知りする沙希。彼女がなかば強引に女に覆いかぶさっていく光景なんて、死んでも想像できない。

「じゃ、今回もいつもの『おあずけ』パターンってわけじゃない」

「ザマぁないわね♪」

 スミレとリカの言葉に、ドス黒い絶望が喉元までせり上がってきた。絶望は、情けない自分自身への自己嫌悪とほどよくブレンドされて、わたしを涙ぐませる。

「や、ちょっと、泣くことないでしょうが!」

「そうよ、世の中、肉欲さえ満たされればいいってもんじゃないしね。最近は男女でサカる連中のあいだでもセックスレスが珍しくないそうだし、あんたも日本一プラトニックなビアン、目指してみちゃどうよ?」

 リカのそのひとことが引き金となって、わたしの内側でなにかが音をたてて弾けた。

 がた、とスツールを蹴り倒す勢いで立ち上がる。ケンカっぱやいわたしの鉄拳制裁を恐れてか、ぎく、と身をこわばらせるふたりに、拳を握りしめ仁王立ちになって宣言した。

「えーえかまわない、かまいませんわよもう、このまま死ぬまでなんにもナシで人生終わっても。……だってあたしインポなんだもん、しょうがないじゃないよっ!!」

 あっけにとられたふたりを置き去りにして、わたしは泣きながら店を走り出た。