パヨクのための映画批評 56

日本スゴイブームがキてる!
「犬ヶ島」(” Isle of Dogs”、2018年、アメリカ・ドイツ)

 

今の日本は、空前の日本スゴイブーム。そこら中で外国人見かけるようになったこともそれを助長しちゃうからね、パヨクリハビリのみんなは居心地悪いかもしれないけど、この際、「外から見た日本がどう見えるのか」という観察をしてみたらどうかしら。でもね、ネットの「日本はダメ」VS「日本は素晴らしい」対決に巻き込まれちゃ駄目よ。どっちも発言者のコンプレックスの裏返しを述べてるだけだから読んでてつらいの。本当にネット右翼は堕落したと思う。

さて、今回の映画は、空前の日本スゴイブームを横目に「外国人でも日本をちゃんと描けるんだお」という目線が一巡した状況で作られたアメリカのアニメ映画、「犬ヶ島」。「いぬやしき」に続きまた犬よ。お話は…今から20年後の架空の日本のウニ県メガ崎市では、ネコ派市長小林の政策により、全ての犬がごみの埋め立て人工島に追いやられた。小林市長の養子、アタリ少年は、ゴミの島送り第一号にされた自分の「ボディーガード犬」のスポッツを探すためにたった一人ゴミの島へ。そこで出会った5匹の犬たちと一緒にスポッツを探す旅に出る。一方、メガ崎市では市長の陰謀が着々と進められていた。

昨年公開のアニメ「KUBO」もそうだったけど、日本文化を見つめる目線の進化発展は顕著よ。「KUBO」では、日本の農村の風景を丁寧に描こうとすればするほど、却ってアメリカ人にとっての原風景としての森林や村落が浮かび上がって来てしまうのが面白かった。今の段階では「訳知り」感まで出て来たよ。映画の中で魚のさばき方が変だったのは、あれも「分かっててやってんのよふふふん」ということらしいわよ。一番面白かったのが、研究所の人達がワクチン検査に成功した後に、飲み屋で「かんぱーい」って飲んで、一本締めしたところ。あれは観客が皆笑った。随所に日本の文化コンテンツへの言及があるので、それだけ探してても面白い映画。

本作、犬好きにはたまらないよ。特にもしゃもしゃした髭面みたいな雑種犬好きな人にはね。高校時代から11年間、私の実家にはトンちゃんという名前の犬がいました。もちろん、顔が村山富市総理にそっくりだったからそんな名前に(私のうちは共産党系だったんだけどな!!)。この映画の犬達のような健気さは1ミリも無く、始終私達をバカにした態度を取っていたけど…それまで共通の話題の無かった隠れ革命家族に「楽しい会話」が生まれました。家中にトンちゃんの絵や写真が溢れて。母が入院してからしばらくして弱り始め、最期の3か月はちゃんと歩けなくなってしまって、散歩も連れていけなくなった。実家を離れた春のあの日、庭で死んでいるのを見つけたと父からメールが来た。その日は頭痛くなるまで泣いた。

犬の顔がアップになるたびに、その頃の色々を懐かしく思い出したわね。最近ヒゲのボリュームが大きいのが流行ってるじゃん、ひげの発達した男が好きなんだけど、我が家の救い主、トンちゃんを思い出すからなのかもね。

んで、うちの犬は違ったけど、犬ってさ…主人を得た犬の健気さと、小さな世界で満足して尻尾振って暮らす幸福って…哀しいの。ネコには決して無い哀しみ。本作も、とても哀しい場面なのに、「犬だから遠吠えしちゃうんだプププ」みたいな犬ゆえの性根が滑稽に描かれていて、益々犬の哀しみが引き立つ。

他方でねえ、本作、パヨク的に見ると、自由民主主義のありようを根本から問うような、「正しい市民とは」の教科書のようなところがありました。反ファシズムの映画でもあり、パヨクを使い魔としてたまに利用する(ネオ・)リベラル側による、反トランプ作品ですね。或いはもっと進んで「反アベ」映画と言うべきかな。ちょっとそれ感じたのよ。「体制」に対して従順ではいけない、個々人が反抗することで正義が行われるという物語の形。本来私はパヨクなので、そういう市民革命的な「正しさ」に賛同するはずなのですが、ここ10年でまた新しい方に拗れちゃってましてね。

小学生の頃から「社会正義」に感化されてたのに、一人じゃ何もできないクソいくじなしであったことが強い恥として残っているのがまず問題。私、給食残すな運動加担がせいぜいだからね。小6の終わりの方、「何か役に立ったことある?」って同じ同級生から3回くらい言われたのを覚えてる。せめて近所のゴミ拾い位やるべきだった。だからこの映画のように、高校生たちが(アメリカ人留学生の煽動もあって)立ち上がって革命を指揮する本作の場面を見ると、ばつが悪い。

更に、27歳辺りから(おせえよ)、パヨク的な発想を止めよう止めよう思ってたら、そういう「市民革命の発想」が引っかかるようになっちゃって。「オブリビオン」「マトリックス」「1984年」等の英米のディストピア映画の中で語られる「市民革命」や「体制VS個人」のモチーフを見ると、急に醒めちゃうようになったの。最近、ツイッターで全く笑えない言葉を見たわよ。無職に至る病:パヨク。止めて!本当のこと言わないで!ごめん何の話だっけ?

もちろんラストはハッピーエンドだけど、ユーモアの中にちょっと笑えない台詞もあった。犬を虐待した者に対する刑罰について革命側が議論するんだけどね。ジョークかもしれないけど私笑えなかった。例え悪いやつであっても、恣意的に刑罰を決めてしまうことは正義なんですかと言いたくなるの。そこに浮かれるのは危ない。

「ロスト・イン・トランスレーション」に始まる、日本人にとっては取るに足りない日常風景を「エキゾチックで美しい」と表現する一連のアメリカ映画。本作は、日本人くすぐり映画の王道を行く作品でもある。ちなみに…その系譜のホラー映画の最高傑作は、ハリウッドリメイクの「呪怨」。「呪怨」はすごいのよ。日本では別格扱いのはずのハリウッド俳優が、日本の幽霊に出会って話通じないまま不条理に斃されるの。で、私今回このことを考えてて、嫌なことに気が付いた。ハリウッド「呪怨」で幽霊になって出てくる女は、白人男性の大学教員を付け回した後に、夫に心変わりがバレて殺害されるという無念の女なのね…これって…外専界の惨敗者を暗示してないか?…全く笑えない…もう痛すぎて無理。最近の私は外国人旅行者をとっ捕まえては寂しさを埋めようとしている、言わばインバウンドハンターの餓鬼(もちろん埋まらず焼け野が原)。世界各国の同性愛者の生き方がうっすら見えてくるはなかなか面白い時もあるけど、本当に私はこれでいいのかと…って私の話はどうでもいいのよ…アアアアアア

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。