伏見憲明の書評
砂川秀樹 著『カミングアウト』(朝日新書)

 

 折しも評論家の勝間和代さんが女性のパートナーと暮らしていることを公表し、話題になっている。勝間さんは、自分が同性を好きになることをずっと悩んでいて、今回の「カミングアウト」は「人生で最大の勇気が必要だった」と語った。考えてみると、日本で、すでに社会的に立場を確立している著名人が同性愛をカミングアウトした、初めてのケースかもしれない。ネットなどでの揶揄はあるにせよ、世間は概ね好感を持って受け止めている様子ではある。が、彼女ほどの女性リーダーが「人生で最大の勇気が必要だった」と力むほど、いまだ同性愛を明らかにするのは敷居が高いのだ。

 本書は、その「カミングアウト」という行為を中心にLGBTの置かれた状況や、性的指向や性自認の多様性について解説する入門書である。どうして異性愛者はわざわざ自分の性愛の傾向について明らかにしたりしないのに、同性愛者らはそのようなことをするのか? 「カミングアウト」によって相手との関係性はどう変わるのか?…といった疑問を、当事者の経験した「ストーリー」を題材に考察していく。

 著者は文化人類学者で、LGBTのアクティヴィズムやHIVの啓発活動に長く関わってきた砂川秀樹さん。経験値と知的教養の厚みから、配慮の行き届いた議論をしていて、初学者ならずとも勉強になるはずだ。

 さて、異性愛者はどうして「カミングアウト」しないのか?という問題であるが、砂川さんはこう指摘する。「実は、異性愛者は、様々な話を通して自分が異性愛者であることを語っている。…例えば、自分の結婚生活のことを語ること、夫や妻、あるいは彼氏や彼女の話をすること、あるいは、好きなタイプの異性について言うこと、また異性間の恋愛や性の経験談や悩み話などをする形でだ」。異性を性愛の対象とする人がマジョリティであるために、改めて自分のことを異性愛者と思ったりしないのだ、と。

 先の勝間さんに関する報道を受けて、漫画家の倉田真由美さんが、「最近、彼氏とうまくやっているの?」みたいなことを彼女にずけずけ聞いていたので、今回、謝罪したという。このように、よほど意識の高い人であっても、あるいは相手に好意を持って接していても、疑いもせず異性愛を前提に語っていたりするものだ。そうした社会のなかで同性愛者らが自身を偽らず、自然に生きるためには、どうしても「カミングアウト」という「わざわざ」のコミュニケーションを図る必要が生じる。

 ところで、「性についての好み」には、例えば「熟女が好き」とか「SM」とか「腐女子」とか…様々あるのに、どうして「LGBT」が社会的にフィーチャーされ、はては「カミングアウト」のような行為が必要となるのか。砂川さんの答えは、「それが『性別に関係する問題』だからだ」。良くも悪くも、「性別が人を区分する最も重要な軸として機能しているから」。私の言葉に換言させてもらえれば、同性愛やトランスジェンダーは、前者は性的対象が、後者は自身の認識が、男/女(性別)という根本的な社会制度に触れる。つまり、既存の社会の根本的な原理と摩擦を生じるからだろう。それゆえに、「同性愛者」とか「トランスジェンダー」とかいった社会性を帯びた、強い「性の主体」が析出されてくる。

 こうした問題にまで議論が広がっているところが本書の魅力であり、すでにある初心者向けの本にはない思考の深さを体験することができる。もちろん、各章に置かれた当事者による「カミングアウトストーリー」を読むだけで、当事者の痛みや切実な思いを知り、共感を得ることも容易だ。新書ながら、情報量も、その質も充実した入門書の登場に、LGBT運動の成長を実感することができるだろう。

(初出:日本性教育協会 サイト)

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