パヨクのための映画批評 60

メディアの嘘に騙されて…「食人族」
(”Cannibal Holocaust”、1980年、イタリア)

最近、深夜にホラー映画3本を連続で鑑賞するという夏バテ必至イベントで、イタリアンホラーの「食人族」を観ました。ぐったり。

イタリアでは昔からジャッロ映画と呼ばれるサスペンス・スリラー映画が製作されていたのですが、70年代~80年代に英語で撮影されたことで、日本でも広く知られることになりました。イタリアホラーと言えばダリオ・アルジェント監督様よ。彼は1976年の「サスペリア」(今年「君の名前で僕を呼んで」のルカ・グァダニーノ監督がリメイクですって。楽しみ~)を監督して全てを放出した気がするお方。ぱっと見、美少女をいたぶるホラーが好きな変態という印象。ちなみに、イタリアホラーは、アメリカホラー映画と違って「物語は大して思い出せないけどすごいの観たわ…」という重厚感が特徴よ。『ジャッロ映画の世界』という本によれば、所謂「ジャッロ映画」というのは、フロイトの精神分析の世界観を映像化することが肝だったんですって。だからあんなに女の子をいたぶるんだね…そういうルーツから発達したホラー映画にアメリカ的な分かりやすい物語映画を求めたら…そりゃ酷評したくなるわ…ってその本でも書いてあった。その本を読む限り、イタリアのホラー・サスペンス系の映画には幽霊を扱った作品は無い(これもイタリアホラーの極めて重要な特性だと思う)。変なクセの強いチーズ食ったみたいな気分で、直後は「もういいわ」と思うのにしばらくしたらまた観ちゃう。

さて「食人族」。タイトルからして人を選ぶわね…お話は…アマゾンの奥地「緑の地獄」に足を踏み入れたドキュメンタリー作家の大学生4名が消息を絶つ。同じ大学の人類学の教授が捜索隊として現地へ飛び、苦労の末に彼らの残した映像フィルムを持ちかえるが、その中には恐ろしい光景が記録されていた…

まあね、悪趣味な映画と言っちゃえばそうなの。動物を屠るシーンが何度も登場し、執拗にその生肉の解体ショーを映すもんだから、気分悪くなるの。映画の中でも登場人物たちが嘔吐するシーンが2回も出てくる。深夜上映の前にあったトークショーのゲストによれば、監督さんは、人がびびってるのを観るのを喜ぶタイプの人だったとのこと。本作でもいかんなくその「びびらせ」趣味が開花しているけど、もう止めて~。

でも本作、実は、極めて真っ当な政治的テーマを扱った映画だったので軽く驚いたわ。もっと下世話な映画なんだと思ってたら。まあ十分下世話だが…人間食ったり切り刻むシーンは実は非常に少ない。「先進国の人間が世界の物語を一方的に決めちゃって消費している」という状況を描き、「先進国の人間が途上国に行って悪さしたら返り討ちに遭っちゃった」という、パヨクが好みそうなザマミロ映画。でもね、猟奇的な描写のせいで薄まっちゃってるの。ネオリアリズム(違うだろ~)。最初の方で、南米の現地国の軍人が一斉射撃して、先住民を無暗に殺すシーンが出てくる。射撃の理由なんか特に説明されない。ある意味一番不気味で不吉なシーン。その上で、その中の一人を捕えて、彼らの村に案内させる。しかも子供を使うんだよ。それをやるのは現地の白人だが、それを利用するのはアメリカ人の教授。そして、目の前で現地人同士による呪いを祓う儀式=レイプが行われるところを目撃する。このシーンは厳しい。こういう「異国で行われる行為を何でもあるがままに許容することは可能か」というトピックは、政治的な立場を測るリトマス紙。こういう事柄に関連するあらゆるテキストや言葉が、「どっち側につくのか」という政治的な選択を日常的に迫ってくるよ。

さて、本作、主人公のアメリカ人の若造たちは、ドキュメンタリー作家として、途上国の悲惨を撮影して、TV番組のネタをアメリカのNYの放送局に提供している。でも、放送局側は、相当部分がヤラセであることを承知の上で番組を買っている。映画の後半では、若造たちが現地で何をやらかしたのかが明るみに出て来てしまい、放送局側も青ざめる。そして主人公の大学教授の台詞でも出てくるが「野蛮人はどっちだよ」というような気持ちになって行く。

それでもなお、人を生贄にしたり食べたりするという行為は、他の文化との接触が全く無かったとしたら、現代の先進国の人間が眉を顰めようが、現地に対してどんな搾取をしようが、関係なく行われるのだと考えると…何か滑稽だし…世界の亀裂を見る気がする。

本作の問題点は、そこまで映像に我慢して見ないと政治的なメッセージを放つ映画であると分からないことよ…1978年の「ゾンビ」もそうだけど、政治的なメッセージを猟奇的・暴力的描写を多用することによって訴えるという少し壊れたバランス感覚が、この時期のホラー映画なのだと思う。でもね、やっぱホラーだから観る人を選んでしまう。この後、70年代の辛気臭い空気が抜けると、やたら元気な80年代アメリカ映画のB級ホラー黄金期が到来するのだけど…

ところで最近、人の下世話な部分を刺激する知性があるアメリカのホラー映画監督、イーライ・ロスが本作を原案に「グリーン・インフェルノ」という映画を作りました。猟奇描写が大丈夫な皆さん、本作と「グリーン・インフェルノ」を比較するとまた面白いよ。「グリーン」は、インターネットとグローバル化とポリコレの時代を皮肉った佳作ホラー。ロス監督はねえ、意識高い系の「正しい」言動にイラつく皆の味方だよ。冒頭のシーンから煽ってくる:「熱帯雨林を救え!」という活動をしてる学生たちを観て、斜に構えた女子大学生が「行動しろ、なんてゲイみたい」とか鼻で笑っちゃう(ゲイって一体…)。現代ではヤラセがバレることは大して問題ではないみたいね。皆がスマフォで直ぐ動画上げちゃうからね。でもその分、人を騙そうとする者は開き直ってもっとでっかく意地汚くやってくれる。もはや現地人の「食人行為」は背景でしかなく無意味化されており、アメリカの若者同士の諍いがメイン。意識高い系大学生を虐めぬきます。最後まで生き残る子は、偽善を嘘で塗りつぶして、諍いを起こさせた張本人に仕返しするんだけど、更なるどんでん返しをするのはスマフォのGPS機能。現地の子供脅したりしなくても帰れるわよ~。

私はね、やっぱりホラー映画はこうやって分かりやすく説明してほしいの。イタリア映画は人生の悲哀を描いてればいいと思う。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。