大塚ひかりの変態の日本史 その14

「ババ専

 「ババ専」ということばがあります。

 文字通りのババ好き、ババに性欲を感じる向きです。

 これを変態と呼んでいいかどうかは迷うものの、変人と見なされていることは、平安時代や鎌倉時代の昔から変わりません。

 有名なのが、『古今著聞集』(一二五四)巻第十六の小松まき”(“小松まぎとも)の話です。

 坊門院(高倉天皇の皇女・範子内親王)の侍所のトップに、兵庫の助則定という者がいました。位でいうと正六位相当。律令では五位以上が天皇のいる清涼殿への殿上を許され……つまりは貴族と見なされ……収入も六位以下と大差がつく。とはいえ、正六位の年収は今日(一九八五年。以下の換算は坪井清足監修『平城京再現』による)の貨幣価値に換算すると約七百万円相当。一九八五年の平均年収が約三百六十五万円であったことを思うとほぼ倍で、まずまずの収入だったと言えます。

 そんな堅実な公務員の則定さんが今で言うババ専で、むげに年若き者”(まだずいぶん若い男)であるにもかかわらず、侍所の雑用係の小松という六十歳ほどの老女寵愛していた。

 若きエリート公務員が、パートのおばちゃんに手を出したようなものですよね。

 今ならそんなの全然有り、なんですが、当時は違う。ほかにもいくらでも若い可愛い子がいるのに、わざわざ六十の婆さんを可愛がっている則定を、傍輩どもは笑って、

小松まき、小松まき

と呼んでいた。まき”(“まぎ”)とはセックスのこと。「小松好き」あるいは「小松ラブ」、はたまた「小松ファッカー」といったところでしょうか。

 が、古典にはこういう根っからのババ専は少数派で、たいていはババァの積極性にうんざりしながらも、可哀想だからつきあってやるという設定です。

 『源氏物語』(一〇〇八ころ)の主人公の源氏が、それです。彼が十九歳のころ、五十七八の源典侍げんのないしのすけと男女の仲になるんです。年の差約四十歳ですよ!

 源典侍は、天皇に近侍してそのことばを取り次いだり発表するなどの重責を担う内侍司の次官で従四位相当です(『律令』15「録令」補注)。一九八五年(坪井清足前掲書参照)のお金に換算すれば三千五百万円以上のキャリアウーマン。二〇一八年現在であれば四千万円くらいで、さっきの則定とは格が違います。

 もっとも岩波『律令』の「録令」で確認したところ、”(絁、布、綿など。今のお金に近い)は男性と同じ、食封”(特定数の公民が負担する税の一部もしくは全部を収得できる制度)は男性の半分なので、もっと低い金額だったでしょう。しかも時代が下るにつれ財源不足で給料が減っていたらしいので、実際には千五百万円とかそんなもんだったかもしれません。

 いずれにしても、源典侍は単なるスケベ婆ではなかったことは確かです。

 そんな源典侍は、物語にははっきり記されませんが、間違いなく源氏の父帝の元愛人です。にしたって父帝よりも年上でしょう。そんな彼女と源氏が寝たのは、好奇心からでした。

 身分も高く、気配りも満点、品があって人々の信望もある。つまりはメチャメチャ仕事ができるのに、いみじうあだめいたる心ざま、とにかく浮気でスケベな性格で、こと色恋方面では軽々しい女だった。それを、

かうさだ過ぐるまでなどさしも乱るらむ”(こんないい年をしてなんでこんなに乱れてるんだ!?)

 と、いぶかしく感じた源氏が、冗談で誘ってみたところ、乗って来た。

あさまし”(びっくりだな~)

 と思いながらも、さすがにこういうのもをかし”(面白い)ということで、セックスする関係とはなったのでした。

 それを聞きつけた源氏の親友の頭中将も、

まだ思ひよらざりけるよ”(こういうのは、まだ思いつかなかったぜ)

と思うと、

尽きせぬ好み心も、見まほしうなりて”(一向に衰えぬ源典侍のスケベ心も試してみたくなって)

 これまた男女の仲になります。

 十九二十歳の青年が、好奇心から六十近いキャリアウーマンと、俗に言う穴兄弟になるんです。

 いわゆる変態って、思うに好奇心が大きく手伝っているんでしょうね。

 牛、可愛いじゃないか。牛とやったらどうなんだろう。魚も意外とそそるじゃないか……みたいに

 ある意味、柔軟なんでしょうね思考が。

 ちなみに古典文学には、ババ専はいても、ジジ専はあんまりいません。

 もちろんスケベジジはわんさかいるし、ジジとセックスする女も男(稚児)もいっぱい出てくるんですが、金目的とか、高貴な法師に仕えているためとか、自分の気持ちからではないことが多いです。

 金目的はババのケースでも多くて、とくに新婚家庭の経済は妻方が担っていた平安時代、五十過ぎのブス妻の金がなくなると、捨てる三十男とか(『うつほ物語』)、自分より二十歳も年上の本妻の嫉妬に辟易しながら若い妻を愛する四十男とか(『新猿楽記』)、男側への非難はなしに、けっこうふつうに描かれている。

 だからこそ、源典侍のことをバカにしながらも、

齢のほどいとほしければ、慰めむ”(高齢を考えると可哀想だから、慰めてやろう)

と思う源氏が理想の主人公として描かれるんですよね。

 源氏以前にも、『伊勢物語』のつまり在原業平は、百年に一年たらぬと歌われるお婆さんと寝てやったりしている。

 ただ、これは変態と言うのとは違う、あくまで同情心からで、それを思うと、源氏や頭中将が源典侍と寝たのは、純粋というとことばは変ですが、もっと積極的な気持ちがあったという意味で、より変態に近いでしょう。

 源氏も頭中将も大金持ちですから、彼女の財力に惹かれたということもありませんし。

 

大塚ひかり(おおつか ひかり)
古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

 

絵・こうき
http://aday.online/2018/03/12/asahi/