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パヨクのための映画批評 64

言語帝国主義論者の変節
「英語完全征服」(”영어완전정복”、2003年、韓国)


小さい頃から外国語に興味があり、ハングルを最初に学んだのは何と韓流ブームのはるか10年前だった私。ハングル講座に行っちゃった辺りでアジア贖罪派の学校教育を無意識に察知し、親や先生から褒められたかったのではないかと思う。インディ・ジョーンズにムラムラしてたんだからさ、英語とかやればよかったのに、その遠回り感がたまらん。子供の時から好きなもの一直線で生きてる子達が心底羨ましい。大学院生の頃なんか最も参考にした本は、田中克彦『スターリン言語学精読』っていうね、パヨク過ぎて自分でもびっくりする。1950年、スターリンは、形式(言語)は民族的であっても内容は社会主義的な文化(各民族が異なる言語を話しても一つの社会文化に進歩統合されるはず・べきだという思想)という考え方を発表したの。それをありがたく奉じた北朝鮮の学者たちが、その後直面した粛清や忠誠競争のことを北朝鮮の雑誌記事から知ったわ…しんどい。つまりは、スターリンは、多言語保護の側に立ち、言語帝国主義者とは違うんだって言いたかったんだな。確かにね、最近でも、文化の根っこを奪われてしまった人々の哀しさと悲劇を伝える米映画「ウィンド・リバー」や、アマゾン先住民を別世界の異形として見せる「グリーン・インフェルノ」、ニュースで観る多数の少数民族への迫害を目にすれば、「けしからん!」となっても変じゃない。

でも、私としては今、英語を通じて階層をステップアップすることを肯定的に描いた韓国映画「英語完全征服」のことを思い出す。ああ、そうやって真っ直ぐ生きればよかった。

2004年、私は韓国に住んでおりました。38度線を巧みにかわして侵入したパヨク思想が花開き、順調に反米運動も始まっていました。政治的には左傾化(韓国の場合は民族主義化と左傾化がほぼ同義)しながらも、経済面ではグローバル化が進んでいた当時の雰囲気は「英語完全征服」という軽いラブコメ映画にさえ色濃く反映されていました。

郵便局員のメガネっ娘、ヨンジュは、外国人利用者に対応するため、局を代表して英語スクールに通う羽目に。内気で妄想癖のあるヨンジュは同じクラスに来たムンスという若者に恋をするも、うまくいかず暴走気味。ムンスは、彼女に目もくれず白人美女の英語教師キャシーを口説いてばかり。しかし、彼が英語を学ぼうとしている背景には、家族が下したつらい選択が横たわっていた…の割に、驚く程陽気で前向きな韓国庶民の英語学習ブームを描きます。

本作、各人が英語を学ぶに至った背景がとっても面白い。中年の女性は「アメリカに住んで息子を英語で教育するため」(夫が韓国で働き、アメリカと韓国を行き来する現象で、「渡り鳥パパ」と言われた)、中年男性は「最近上司が外国人になっちゃって英語で話さないとまずいから」(IMF以降の韓国資本が欧米の資本に買収された状況を示唆)。そしてムンスの理由は、「海外養子となった妹に再会する時に英語で「あなたは韓国の家族にとって大事な存在だ」という想いを伝えたい」から。女子大学生の子はラストで英語を辞めて中国語を選択する。当時の韓国経済の中で、中国との関係が重要度を増していたことを象徴しているんですね。パヨク的に観れば…英語支配に簡単に屈した節操無い人々よ!

他方で、キャシー先生の描写も面白い。彼女は最初タメ口で授業をしていたの。しかも、「お前ら、教科書読め」みたいな、相当無礼な言い方。この描写には、「外国人には敬語は難しいはずだ」という韓国人の思い込みと、日本人にもありがちな「欧米人への劣等感」の裏返しが見える。でも、キャシーが敬語を話すようになって行くプロセスと、映画のラストに韓国のど演歌が流れることを併せて考えると…あの頃の韓国人の余裕が感じられるのよね。「我々も一流国家になれる」という希望を語る政治家が多かったし。また、当時、韓国のテレビでも海外養子となって欧米諸国に渡った子達が成人し、本当の親に会いに韓国に来るという感動番組をやっていた。貧しい時代の象徴でもある海外養子(家が貧しくて育てられないからという理由で親が海外の子供のいない夫婦に子供を渡していた。恐らくお金も動いたのだろう)という存在を感動話に読み替える程の自信があったのだと思う。

そして、皮肉にもその自信の表現の裏側で進行していたのは、英語圏への人々の流出だったの。政治的には民族主義的な傾向が強まった同時期に、あっけらかんと英語や日本語学んで韓国を出て行っちゃう人がたくさんいた。思い出せば韓国で付き合った人も一家でアメリカに移住したもんね。今何やってるかな。その相反するような現象が非常に韓国らしくて(私には)面白く、尚且つネトウヨをいたく喜ばせるの。ほら、ニセモノ民族主義じゃねえかと。でも、ホンモノの民族主義の方が恐ろしいと思うのは私だけかしら。

ただ、全く別の理由で、本作は万人に薦められる映画ではないのよ。ムンスの言動、最近見直したら、女性や外国人に対してあまりに侮辱的で、ちょっと引くレベル。でもあれはあれで、逆によく率直に描いたなと思う。実は日本でもよく見かける光景なんだけど。

学生運動が勝利した上に政権の座にまでついてしまった韓国の映画は、随所に階級闘争や民族闘争の要素が紛れ込んでいるので、パヨク性を知らぬ間にこじらせる効果も持っている。私が最近の韓国映画をあまり見ないのはそれが怖いからかもしれない。最近の映画は本当に、本作みたいなただのお笑い映画と思って観てても油断ならないの。

ちなみに、当時の社会言語学関連の研究書のことを思い出す限り、研究者のかなりの割合が左寄りだったわね。私がすんなり読めたからw。割と最近、某大学祭に右寄りの論者を呼ぶ企画を阻止した事件があったけれど、その時に、私の昔読んでた参考本の筆者たちの弟子の策動を見出すのに時間はかからなかった。社会言語学の分野でも、ちゃんとパヨク精神が受け継がれているんだなと半分懐かしく思い出した。

色々あったおかげで私も英語を話すようになった今、英語は征服していないけれど、征服されてもいない。ネットを使えば英語経由でテルグ語(南インドの言語)だって学ぶことができるんだから今は。恵まれているとも思うし…ようやく私も「自分の好きなもの」に真っ直ぐ進めるようになれたのだなあと思う。

 

 

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。