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大塚ひかりの変態の日本史 その15

『源氏物語』光源氏は変態王か?

 前回、『源氏物語』の主人公の光る源氏こと源氏が、十九の若さで、五十七、八の源典侍というキャリアウーマンとセックスしていたことを書きました。源氏は、いわゆる「ババ専」ではないものの、「いい年をしてなぜこうも盛んなのだろう」という好奇心から男女の関係になったという設定です。

 『源氏物語』というと華麗な恋愛絵巻のイメージも強いでしょうが、一面、主人公は「ゲテモノ食い」でもあって、これは繰り返し色んなところで書いているのですが、その最たるものは「ブス」との交流です。

 有名なのが末摘花で、「父を亡くした高貴な姫君がいる」との噂を、乳母子から聞いた源氏は、ほのかな琴の音にすっかり美人と勘違いして、セックスしてしまいます。この乳母子は父方が末摘花の関係者らしく、貧しくてブスな彼女に優しい男をあてがって生活を安定させたい、ついでに末摘花のもとに通いで仕えている(ここだけの収入ではやってけないので専従ではなく、他の職場と掛け持ち)自分の暮らしもアップさせたいと思ったのでしょう。そんなわけで、まんまとだまされた源氏が末摘花と寝てみると、どうも様子がおかしい。それで後朝の文も、帰宅後すぐに送るものなのに、夕方になってやっと送るという気の無さで、しかも普通は三日連続して通って結婚成立となるのに(当時は男が女の家に通う通い婚が基本)、源氏は訪れを怠ります。貴婦人は親兄弟や夫以外の男に顔を見せなかった当時、時にこういう悲劇が起きるんですね。それでも、手引きした乳母子にせっつかれ、明るい所で末摘花を見た源氏は、その醜さに驚愕。居丈”(座高)が高くて、鼻が象のように長くて先がちょっと垂れて赤くなっている、その上、痩せぎすで、めづらしさに目が釘付けになるというほどのブスなのです。いい所といえば髪が綺麗なことだけ。コミュ症なのか、とっさの受け答えもできず、しかも極貧。がっくりきた源氏は、

「取り柄がまるでない」(“とるべき方なし”)

と思います。思いながら、

「私以外の男はこんな姿を見たら、まして我慢できないよな」(“我ならぬ人は、まして見忍びてむや”)

と考え、

「こうして男女の関係になったのは、彼女の亡き父親王が彼女のことを心配して残していった魂のお導きなのだ」(“わがかうて見馴れけるは、故親王のうしろめたしとたぐへおきたまひけむ魂のしるべなめり”)

という気持ちになる。結果、

「はっきり顔を見たあとは、かえってしみじみ情が湧いて、色恋抜きでしじゅう訪れる」(“さだかに見たまひて後は、なかなかあはれにいみじくて、まめやかなるさまに、常におとづれたまふ”)

ということになります。末摘花の醜貌を見て、かえって結婚を決意して、しげしげと通うようになるのです(「末摘花」巻)

 美醜は前世の善悪業の報い、美人はいと罪軽きさまの人”(「手習」巻)と形容される美貌至上主義社会の当時、ブスは前世で罪を犯した罪人。バカにしても良い対象でした。そんなブスで、しかも極貧の女を、絶世の美男が妻の一人にするという設定の『源氏物語』は、「ブス革命」を起こしたとさえ言える。と、拙著『ブス論』で書きました。

 なにしろ源氏は、末摘花だけでなく、息子の夕霧が「父はなぜこんな容姿の人をも見捨てないのか」と驚くブスの花散里をも妻にし、「どちらかというと悪い部類の容姿」の空蝉を、彼女が夫と死別後、屋敷に引き取るのです。彼女らは、源氏の邸宅(六条院)の別邸とも言える二条東院に住まわせられいることから、私はこの屋敷を「ブス棟」と呼んでいます。

 なぜこんなにも源氏はブスに食い込むのか。

 ブスのみならず、源典侍のようなお婆さん世代の女とセックスするのか。

 動機は「好奇心」や「同情心」という設定ですが、それは「言い訳」であって、実は、紫式部は、婆ァやブスとセックスする男を描きたかったのではないか。というのが私の考えです。

 十歳の紫の上を下着一枚だけの姿にして共寝するなどというのも、「我ながらうたて”(嫌らしい)(「若紫」巻)と言い訳しつつも、源氏はそれをせずにはいられない。

 源氏が最も愛したのは五歳年上の継母の藤壺だったり、彼女に瓜二つの紫の上、昔の恋人の夕顔の娘(親友・頭中将の娘でもあります)の玉鬘といった絶世の美女という設定ですが、それにしてはブスを三人も引き取ったり……ちょっとした「ブスマニア」と呼んでもいいような行動をしている。

 不世出の天才である紫式部は、さまざまな変態行為を描きたかったのではないか。けれど絶世の美男の主人公が嬉々としてそんなことをしたら、読者に受け入れられない。それで「好奇心」とか「同情心」といった言い訳を用意したのではないか。

 源氏亡き後の世界を描く宇治十帖の男主人公の薫に至っては、共寝しながら一線を越えるには至らなかった大君の死に顔や姿の美しさに、

「このまま虫の抜け殻のように見る方法があれば」(“かくながら、虫の殻のやうにても見るわざならましかば”)(「総角」巻)

と思う。ちょっと「死体愛」の嗜好も混じった変態風味が感じられます。

 紫式部は、ダイレクトな性表現を避け、花鳥風月、流行歌などに乗せて性を表現したものです。

 それによって、『源氏物語』はポルノのマイナー世界に没さず、大古典となった。

 彼女ほどの天才であったからこそ、堂々と、しかしさりげなく変態を描くことができた……

 よくよく読めば、主人公は変態王……そんなふうにも受け取れるように、紫式部は『源氏物語』を書いたのだと、私は考えています。

 

大塚ひかり(おおつか ひかり)
古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

絵・こうき