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パヨクのための映画批評 69

家族という牢獄を破壊した後の異様な輝き
〜「ヘレディタリー 継承」(”Hereditary”、2018年、アメリカ)〜

 

ホラー映画の歴史に残る名作だと世間で大絶賛されているホラー映画「ヘレディタリー継承」を観ました。美しいニコキのひきつり顔が闇に浮かんでることしか記憶に残らない名作ホラー「アザーズ」以来のショックです。観終わって二日後辺りにまた思い出して怖くなったわ。

母の葬儀を終えたミニチュアハウス作家のアニー。夫と子供二人の生活が始まるが、周囲で怪奇現象が起き、哀しみと不安の中でさらなる悲劇が家族を襲う。そんな折、親切な女性から哀しみを癒す手段を教えられるが…

もうね、落ちて落ちてどん底を経験した先にびっくりなラストを迎える家族の物語ね。パンフによれば、家族の揉め具合は、どうやら監督さんの経験をもとにしているらしい。言葉が痛いのはそのせいだな。主演のアニー役、トニ・コレットがほぼノーメイクで、言ったらダメよっていう言葉を子供に投げつける。そのシーンすごい。何かね、肩に力入り過ぎて、肩が上がっちゃって顔が胴体にめり込んでるように見えるの。同じ台詞だって、別の演出をすれば涙を誘うシーンにだってなりうるのに、ホラーとしてやり抜く気概がすごい。

他方で、俳優の演技でお話の骨格を作った映画と言えるのかも。娘さん役、13歳の設定だけど顔つきがタダもんじゃない。「エスター」のイザベル・ファーマンや、シンガポールのホラー映画「メイド(冥途)」のインドネシア人メイド、韓国ホラー「ボイス」のウン・ソウちゃんを超えた。お兄ちゃん役の人もうまい。この人の空虚な余所見の表情のおかげで、この一家がどれだけまずい状態になっているかを暗示していると思う。魔の力のせいなのか? いやーこれは本音では…と考えさせる余地が怖いのだ。

恐怖描写は、「家族の揉めゴト」から私達が感じる忌々しさや不快感の原因を曖昧にしてしまう効果もあると思う。家族がモメまくるシーンは、逆説的に、ホラー映画だから娯楽として観てられる。ホラー映画は、本当の苦しさや怒り、悲しみや嘲笑を表現したい人の隠れ蓑なのね。アメリカ映画では、「家族が最後団結して勝利する」と執拗に描いた80年代以降、家族は形としては崩壊してしまっている。家族の愛と団結が極めて重要なテーマだった80年代ホラーの名作「ポルターガイスト」のリメイク版(2015年)では、家族の団結が緩い。娘がよそ見してスマフォ見ちゃうからね。

本作、家族がモメる遠因は、確かに「ヘレディタリー 継承」という題名の通り、家族構成員1人の業によって始まってはいるけれども、そのことを知らぬ登場人物たちの心象としては、心の底から通じ合えない家族同士が傷付け合っている牢獄なのだ。家族って、うまく行けば素晴らしい、でもうまく行かないと座敷牢みたい。座敷牢の鍵の開け方は人それぞれ。本作では驚きの鍵によって牢獄が開かれ、あり得ない程の輝きと希望の中で物語が終わる。狂気と破滅でもあり、同時に安らぎと幸福でもあるラスト。
全然違う観点からも面白かった。控え目にネタバレになっちゃうけど、映画の中でも観てれば30分くらいで分かるから書いておくわね。アメリカのホラー・サスペンス映画ではかなり頻繁に「カルト教団」や悪魔崇拝への懸念交じりの執着が表現されるんだけど、本作もそれを免れていない。最近の映画だけ考えても「ジャッカルズ」「サクラメント」「アルカディア」「インビテーション」(パヨク映画評第2回目)…等々数えきれない。「ローズマリーの赤ちゃん」はその王道だし、「エクソシスト」にもちらほらしている。名作ホラーの評判よくない続編「ポルターガイスト2」も、実は自信喪失した父親にカルト教団が付け入って来るというお話になっていた。異色作としてはアレハンドロ・アメナバル姐さん監督による「リグレッション」。田舎の刑事がカルト教団の影を追う映画も面白い。ラストで呆気にとられるけど、スペイン人にはアメリカ社会のカルト教団や悪魔崇拝に対する熱烈な愛着が奇異に見えるのではあるまいか。

アメリカという国自体が、そもそも一部のキリスト教徒が「こんなに堕落した世界にはいられない!事件だわッ(沢口靖子)」とヒスってイギリスを脱走したことから始まるんでしょう?あ、違うの?ごめん。しかもイギリスでは、ヘンリー8世が離婚したいがために(カトリック教会の支配から抜けたいという意図もあったとは言え)、国教会を作ったという有様。

つまり、考えようによっては旧世界の意識高い系スピンオフとしてアメリカ合衆国は始まっているのね。ある種のカルトよ。映画「WITCH」はそんな北米入植地からも追い出された、更に意識高いつもりの一家が魔女にヤられるという、コテコテのお話だったけれど、敬虔なつもりが実は悪魔によって堕落させられているのでは?という疑念こそが怖く、そして人を魅了するんでしょうね。キングやマキャモンのようなモダンホラー作家にも好まれたテーマ。

アメリカの宗教的な「意識高い」精神と表裏一体の選民意識が差別を生み、差別が権利獲得運動の起爆剤となる。対抗するためのレトリック=武器も沢山開発される。カウンター攻撃を感じた選民意識側はどう反応するか。反省するどころか更に意識高くなる…というサイクルがより露骨になっているのかもしれない。分からないけれど。

そのような中で開発された武器をそのまま日本みたいなぼけっとした国に持ち込んでも上手く機能しないのかもね。

本作、ラストの驚きのカタルシスは、機能不全家族を破壊することによってのみ訪れる新しい希望にさえ見えた。歪んだ認知かもしれないが、ホラー映画の社会的機能は、友達言うところの「自分が背後に飼ってる化け物」に気が付かせることなのよ。今公開中の佳作ホラー「イット・カムズ・アット・ナイト」がオバマ期の終焉を黙示録的に描いた作品とすると、本作はポストオバマ時代の夜明け、新しい時代の始まりのお告げなのかもね。考え過ぎ?どうかな。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。