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パヨクのための映画批評 73

パヨク闘争前夜の日本
「カルメン純情す」(1952年、日本)

昨年「ムトゥ 踊るマハラジャ」を観終わったとき、斜め前の席に座ってたおじさんがこう言ったのが聞こえた:これは、昭和30年代の東宝・松竹映画だね。インドにハマるのもいいけれど、日本のことをもっと知った方がいいんじゃないの?竹美さん。しかし、何観たらいいんだか…と思ってたら、年末、映画評論家の佐藤忠男さんが日本の映画監督について解説するNHKラジオ講座テキストを実家で見つけたの。さすがNHKだけは許された家…やるわね…。早速、年始に、高峰秀子が故郷の田舎に帰省するストリップダンサーを演じた木下惠介監督映画の「カルメン故郷に帰る」と、同監督の「楢山節考」を観た。もちろんどちらも面白かったんだけど、どうもパヨクのテーマとは繋がらなかったので、やべえネタ切れと思いつつ、「カルメン」の続編、「カルメン純情す」を観た。そしたら意外にも日本パヨクの歴史にとって非常に重要な時期の映画だったのよ。

ストリップダンサーを続けるリリィ・カルメン(高峰秀子)。友人の明美は、ストリッパーを辞めてまで追いかけた恋人との赤ん坊を抱え、カルメンのもとに身を寄せている。生活苦から、一度は2人で金持ちの家の前に赤ん坊を捨てるが、思い返して赤ん坊を連れ戻しに行く。そこでその家の住人、前衛芸術家の須藤にカルメンは一目ぼれ。すでに婚約者のいる須藤だがカルメンに色目を使い、絵のヌードモデルをやらないかと誘う。

脈絡の無いドタバタコメディなんだけど、登場人物が恐ろしく自由で節操が無いのが印象的だった。戦争直後だから、暗さを払拭したかったのかしら、男女が開けっぴろげで、戦争を体験したことさえも無かったかのように、一切語らない。と同時に、生活が苦しいなら、子供を捨てたり、売春婦や妾になることだってあるという、生き抜くためのぎりぎりの覚悟も垣間見える。「自由」と「カッコよさ」の実現が社会階層や収入によって分かりやすく分断されており、それでもなお、「結婚しない選択」の自由はまだ遠い時代。カルメンは、誇りを持ってストリッパーをやっている肝の据わった女なのに、惚れた男の前では絵のヌードモデルも恥ずかしくてできないと描写され、「純情」なのだと描かれる。

「自由な」日本人男性の象徴とも言うべき須藤の婚約相手、千鳥(淡島千景)は、母親との約束で、自分の親の財産をもらうことを条件に須藤との結婚を承諾しているが、「出戻り」な上、男を連れ込みふしだら三昧。カルメンとは対照的な女性像だけど、魅力的に描かれているの。その母、熊子は元軍人の未亡人で、「日本精神党」なる右翼政党から国会議員選挙に出ようとしており、娘の放蕩が明るみに出ることが心配でならない。全く女性的でない見た目の彼女がぶつ愛国演説が、何かね、あたし、やっぱりパヨクだからさ、セリフが全然頭に入らなかった。「日本帝国…いやいや日本国民の…」「日本のオナゴは、洋装はしていても、心はやさしい大和撫子…」「日本の美風を貶めたパンパン野郎ども」等々、再度見直さないと正確に記憶できない。ツイッターではできるだけ避けてる国家主義的な意見がさらさらと出て来て、使われるモチーフが今と全く同じなことに驚いた…「日本本来の女性は清い、それを汚したのは外から来た堕落」っていうね。その大演説の練習をあくびしながら見つめる千鳥と須藤と、熊子とどちらが今の私達に近いかしら。

この映画は日本が主権回復した頃を描いているので、再軍備論争が出てきます。「夫や息子は殺させない!」と母親たちが反対デモをするシーンや、明美が街灯にそのポスターを貼るシーンがあるが、これも、何だか21世紀の東京における「安倍政治を許さない」と重なった。多分、私の目線の問題なのだと思うが、論点が少しだけズレている気がしてしまう。

熊子が須藤に応援演説頼むときのやり取りも面白い。須藤が「僕は再軍備反対派なのに、日本精神党の応援演説なんて…」と、パリ帰りの意識高い系丸出しで難色を示すと、熊子は「そんなの、人々が聞きたいことを言っとけばいいのだ。何でも安くするって言えばいい」と入れ知恵。一見「ガチガチ右翼」と見えた熊子も含め、シュールなまでに節操が無い人々の中にあって、須藤の家の女中、「原爆おばさん」の狂気が戦争の悪夢を不気味に思い出させる。

恋に悩むカルメンや、放蕩娘の千鳥、そして乳飲み子抱えた明美らはノンポリなので、周辺で起きている政治的な問題に対してほぼ無関心。社会的にはそうだったとしても、「左翼」の兆しがちょこちょこ顔を出す。カルメンの劇場でひと悶着起きたとき、これ幸いと突如演説を始めた熊子が警備員に止められる。熊子が「あたしは弱い者の味方だ」と言ったら「共産党か?」と言われ、笑いが起きる。また、明美の元彼は地下に潜った左翼活動家だったのだが、仕事を捨てて九州まで付いてきた女を妊娠までさせておいて捨てる…という、まあダメそうな男なのよ…熊子の街頭演説に野次を飛ばしに来たところを、明美に発見され「お願いだよぉ、一緒に暮らそうよぉ」と泣きつかれるが、「うるせえ」と振り切る(その後カルメンに掴み掛られる)。…そんな扱いだったんだね。ちなみに、本作公開の1952年は、しんぶん赤旗が復刊された年なんですって。

また、当時の日本が新しいものを外から取り入れようとしている空気感も分かる。「前衛芸術」「パリ帰り」という前衛芸術家が、正直よく分かんないものをよく分かっていないまま垂れ流し、よく分かんないまま人々が見にやって来る。ダンサーをクビになったカルメンが百貨店の美容部員になるシーンからも、舶来品へのあこがれがうっすら感じられる。マルクス主義もそういう空気の中で、一種の「モダンさ」を獲得しながら拡散したんだね。

この映画よりちょっと後の時代には、若い時分に「君は理念というものが全くない」と人に言われて動揺し、共産党活動に従事する道を自らの意思で選んだ、私の父のような人もおり、懸命に働き日々を何とか生き続けた人、節操なく世を渡って成功した人々…が高度経済成長と学生運動を目撃します。

戦後日本では何があったのか…私、今年の終わりにはNHKの加賀美幸子さんナレーションのNHKアーカイブスみたいな感じに仕上がっていたい…

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。