Pocket

パヨクのための映画批評 77

バブル期日本を振り返るパヨク 「マルサの女2」(1989年、日本)

平成も最後のどん詰まりに来た今、80年代とバブル期の繁栄は遠い昔のことのよう。40歳の私にとってすらそうなんだから、構造改革時代に受精した気の毒な魂たちにとってはただのファンタジーでしょうね。私の年上の友達で、バブル期の二丁目を横目に二十歳を迎えたためか、2010年代に至っても80年代で時が止まってるとしか言いようの無い人がいたの。「その場の勢い」で生きている様子で、定職が不明(働いてたはずなのよ)で、今日を今日のためだけに生きてるように見えた。髪型は永遠の江口洋介。私も知らない昔の二丁目の空気をちょっと感じさせるような、義理堅くて人情深い人だったけど、本当に勢いで駆け抜けるように数年前にこの世を去ってしまったわ。最後までバブル時代をやりきった感のある彼を今でも尊敬している。

バブル期のことを考えると50%位の割合で彼のことを思い出すが、今回の映画はあの時代の日本経済を描いたコメディ映画「マルサの女2」。監督は伊丹十三、主演は妻の宮本信子で、国税局と脱税犯の攻防を描くシリーズ第2弾。やくざまがいの「地上げ屋」が住人を脅して追い出し、その跡地をまとめて転売して儲けるという悪徳ビジネスを巡る人々の金銭欲をえげつなく描いてます。「1」と「2」では、脱税の金額規模が違うし、ラストのトーンが全く違うのでシリーズものとしては違和感がありますが、前作との繋がりを捨ててでも監督はバブル期の狂乱を描きたかったのでしょう。BGMのサンバの音楽が滑稽でありながら、その後日本が体験したことを考えると空恐ろしいような映画です。

地上げ屋の元締め且つ脱税作戦で宗教法人をやっている三國連太郎が、土地ころがし論をぶつシーンが興味深い:「このままではオフィスの数が足りなくて、東京は香港等の都市に負けてしまう。オフィスビルを建てる土地が無いから、我々が日本のために、政治家の代わりに人を追い出す汚れ仕事してやっているのだ」という言い分。もちろん本人の金銭欲がいかんなく満たされることが必須だから欺瞞的ではあるけど、ある種の真理に取調官たちさえも一瞬黙ってしまう。その発言を鼻で笑わない演出なのよ。敢えて今の時代から見ると、これって未来の東京を何となく予感してたのかなって思わせるの。

ところで今Wikipediaで「地上げ」を調べると、暴力団による悪質な地上げがあった一方で、「地上げは全て悪だった」とだけ理解するのは一面的な理解だということになってるみたい(と、いうことは…)。私のパヨク感覚で言うならば、1989年時点では、「権力者の金儲け主義が悪い」という物語であの映画を消費すれば十分だった。ラストシーンも明らかに時の政治家が悪いって感じで終ってたから、変な意味で不安や破綻は無かったの。それが「大きな物語」ってやつだったんだね。

ちなみに、パヨク嫌いが出過ぎちゃってる掛谷秀紀さんの『学者のウソ』によれば、無責任に人を煽っておいて後から何の検証もせずに責任も取らないという振る舞いが今の(12年前の本!)マスコミやエリート層とパヨク系運動の特質なんだと(ぎくっ)。だから筆者は十分検証できる状況が整ってから過去の報道や研究や主張の根拠を検証する仕組みを作って、煽った人達に後から責任取らせてはどうかと書いておられた。私とか確実に抹殺だ(自意識過剰)。これに同調する層がアニメ「PSYCHO-PASS」みたいな世界を待望するんだろうが、なかなか痛いところを突いているわよー。何かを成敗しちゃったり、批判をして溜飲下げた後のことまで考えてない発想が、パヨクの中には確かにあると思う。

それとは別に、ちょっと前に、テレビでマツコデラックスとタモリが(地上げに言及したか忘れたけど)感慨深げに六本木ヒルズ成立について話していたのを観て、「おやっ」と思ったの。私には「地上げ」=「悪いこと」で心の中で何かを成敗して、その後一切関心を失っていたことが、他の人には「人を追い出したとは言え、更地にして開発ができてこそ、こういう街の光景ができあがるのだ」という感慨深い都市物語として読めている。その目線の違いが今の私にはとても面白く思える。

九州の田舎のパヨク小学生としてバブル期を体験した私は、こんな映画を横目に見ながら、「日本はアジアの癌」(漫画「3×3 EYES」)というような表現が心に刺さったり、小学校の課外授業で日本の戦争責任を学んで「せんせいのよろこびそうなこと」を発表し、『エビと日本人』という本で「豊かになった日本の罪悪感」に晒されてすくすくと育ちました。バブル期の繁栄についてパヨクはあんまり話したくないんじゃないかね。そうなるとさ、同じ時空を生きてても私みたいにならなかったみんなは「せんせいのいうこと」聞かないで不真面目に生きてやがったんだ…なんて考えちゃうよね!あたしだけ?私、執念深いし、並みの人間より怨みパワー強いから世間のうまく行ってそうな同世代を怨むわけ…来る、きっと来る…

じゃあ、あの映画の中に出ている「繁栄する日本」を真っ直ぐ観てみよう。すると、加藤治子演じる、新興宗教の女教祖様の毛皮のコートのコレクションに目が行く。「私だってちょっとうまくやれば買えるはず」って当時の人は思ったのではなかろうか。もっと言うとね、地上げで追い出される人達だって、今観ると「でもさあ、業者に掴まされたお金で行き先があったでしょう?」と言いたくなってしまう。地価が上がらない上、「勢い」では何一つできないと悟っちゃってる今の私達からすればね。

私にとってのバブル期を消費体験から観ると、①ティラミスの登場、②オリーブ油は食べられるという発見、③ファミコン入手と喪失が挙げられる(ベルリンの壁の崩壊の半年前に私の実家も火事で燃えちゃったしそれでファミコンも壊れたのがバブル期のハイライト…アハハハハ)。1990年だったか、ヨーロッパに行って来た姉と父が「イタリアでオリーブ油(この言い方)のスパゲッティば食べたよ」と言いだした。家燃えた翌年にしちゃあ…金持ってたんだなぁ…(アンタが気がついとらんやったとは、そげなところたい)。「オリーブ油って…耳かきのときに耳に塗るアレ?」と半信半疑で、クスリ箱の中のオリーブ油をスパゲッティに混ぜて喰って「これはおいしいとかいな?」と家族皆が首を傾げた…というエピソードまであるわよ。

次の時代には、「ネトウヨバー」なんて誰も思い出さなくなるかもね。パヨクリハビリなんて…本気で忘れられるわ…でもきっと、世の中のためにはその方がいいの…平成という時代にはそんな過ぎ去った時代を探し求める夢追い人がいたよ…ってね。まあどっこい生きてるだろうけどな。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。