Pocket

大塚ひかりの変態の日本史 その16

死体愛とか死姦とか

 『源氏物語』正編の主人公・光源氏がブスマニアの変態なら、宇治十帖の主役・薫は、死体愛好の変態と言えるのではないか。

 薫はただでさえ変態臭の強い男です。

 八の宮の長女の大君おおいぎみに惹かれながら、しかも同衾しながら、手は出さない。レイプの多かった父の光源氏(実父は柏木であるわけですが)と比べると、とっても良い男に見えるのですが……。大君の劣り腹の妹には会ったその日に手をつけて、周囲をあわてさせる一面もある。

 見下せる相手だと安心してセックスできるけれど、好きだったり尊敬していたりすると、できないんです。まぁこういう人はけっこういるかもしれない。

 が、ちょっとこれは……と思うのは、大君がものを食べない病(今でいう拒食症ですね)になって、そのまま衰弱死すると、その痩せた死体を見た薫は、「このまま蝉の抜け殻のように見る手立てがあったら」と考えるんです。

 『源氏物語』にはほかにも死体をじっと見つめるシーンがあって、光源氏の愛妻の紫の上が死んだ時、その死体を、光源氏と息子の夕霧が見入っていた。

とかくうち紛らはすことありしうつつの御もてなしよりも、言ふかひなきさまに何心なくて臥したまへる御ありさまの、飽かぬところなし、と言はんもさらなりや

 どういうことかというと、当時、女が顔をさらすのは品下るとされて、とくに貴婦人は親兄弟や夫以外の男に顔を見せず、対面する時も扇で顔を隠すのが奥ゆかしかった。そんなふうにとかく顔を紛らわしていた生前よりも、無反応・無心に横たわっている死体のほうが、非の打ち所がない美しさである、が、そんなことを言ってみたところで、何の甲斐もない、というんですね。

 『源氏物語』には「美しい死体」という概念がある。これは当時にあっては、ありそうでない発想で、『古事記』のイザナミなんて、死んだら腐乱死体ですから。紫式部の発明とも言える。

 この感覚が宇治十帖にも引き継がれ、エスカレートしているんでしょう。光源氏や夕霧がしたのと同じように、明かりを掲げて大君の死体を照らし見た薫は、

かくながら、虫の殻のやうにても見るわざならましかばと思う。

 光源氏や夕霧よりも変態風味が加わっている。

 さらに、大君の妹の中の君がほかの男の子を妊娠中なのに、何かにつけて迫りつつ、

「亡き大君の姿を思い出させる人形を作ったり、絵にも描いたりして、それを本尊にして勤行したいと思うようになりました」などと言い出す。

 それでぞっとした中の君がなんとか自分への関心を逸らそうと、持ち出したのが劣り腹の妹の浮舟の話。

「彼女は不思議と亡き姉君と雰囲気が似通っているのでしみじみ懐かしい気持ちが湧いて……私は同腹でも姉君とは何もかも違うと言われていますけれど」と、大して知りもしない妹のことを勧め、まんまとはまった薫は浮舟に接近、とっとと犯してしまうという……。そして、今は亡き大君や八の宮、人妻となって引っ越して行った中の君が住んでいた宇治の邸宅に、大君そっくりの生き人形として浮舟を据え、関係を持つようになるのです。

 死人の代わりをさせられる浮舟も大迷惑ですが、不気味なのは、宇治という場所自体、巨大な墓場であるという読み方があること。

 梅山秀幸によれば、宇治という場所はもともと仁徳天皇の弟のウヂノワキイラツコが葬られたとされるた広大な墓所でした。宇治十帖は「『延喜式』で墓場と定められた空間でくり広げられる」「死者の書」(梅山氏『後宮の物語』)というわけです。となれば、宇治十帖に描かれる性はすべて死者のまじわりと見ることもできる。

 こういう『源氏物語』の世界から、『雨月物語』の「青頭巾」の世界まではあと一歩。その一歩のあいだにあるのが、たとえば『今昔物語集』の三蔵法師の話であると私は考えます。

 三蔵法師は中国からインドへお経を得るため旅をしたお坊さんで、さまざまな伝説の一つが有名な孫悟空たちとの旅を描いた『西遊記』。『今昔物語集』の話は、そんな『西遊記』の話とはガラッと違う。般若心経を得るための旅の途中、山中で腐乱臭がするのに気づいた三蔵法師が、見ると、体中、できものだらけの女人がいる。女が言うには、親にも持て余され捨てられた、首から足の甲まで膿汁を吸い舐めれば治ると医者は言ったが、臭くて誰も近づけないのに、まして舐める人などいない……と。哀れんだ三蔵法師は、女の胸のあたりをまず舐めるんです。臭くて内臓がひっくり返って気絶しそうなのを我慢して、膿汁を吸っては吐き出しながら、首の下から腰のあたりまで舐めた。その舌の跡から、どんどん肌が綺麗になって、女は観自在菩薩となって、三蔵法師に経を授けたのでした。

 なんともエロい話ではないですか。動機はともかく、腐乱臭のする女の膿汁を吸い舐めるのは紛れもない変態行為。舌の跡から綺麗になっていくというのもエロくて、色欲を悪と禁じる仏教は、それだけ色欲のことを突き詰めて考えるからこそ、エロさも深みがあると感じ入ったものです。しかも原話とされる中国の『神僧伝』の話を確かめると、できものだらけの老僧から経を授かる話なんですよ。それが日本にくると、女人になって、その胸を舐めたりする話に変わっている。何でもエロくせずには済まない日本人の気質みたいなものを見た気がして、さらに感じ入ったものです。

 この話がさらに進んだのが上田秋成の名高い『雨月物語』の「青頭巾」ではないか。

 高徳の僧が下野国の富田という里で宿を求めたところ、野良仕事帰りの男たちが「山の鬼が来た」とおびえている。山寺の住職と人違いをしたのです。宿の主人が言うには、その住職は学識も深く、修行も積んだ人だったのが、越の国に招かれた際、十二、三歳の美少年を連れ帰り、えらく寵愛するようになってからは、仏事や修行も怠りがちに見えた。ところが今年の四月、少年はちょっとした病気にかかり、八方手を尽くしたかいもなく死んでしまった。嘆いた住職は少年を火葬にも土葬にもせず、頬に頬を寄せ、手に手を組んで何日も経つうちに、錯乱状態となって、在りし日のように少年を愛撫しつつ、その肉が腐乱していくのを惜しみ、肉を吸い、骨を嘗めて、ついに食べ尽くしてしまったのです。以来、村人は「住職は鬼になられた」と逃げ去り、住職は夜ごと里に下りては人を襲って驚かしたり、新墓をあばいて死肉を食べるようになった、と。

 で、高僧が住職のもとに赴いて話を聞き、自分のかぶっていた青頭巾を住職にかぶせ、二句の漢詩を教え、その意味を考えるよう教えた。それから二年目の冬、再び高僧が山寺を訪れてみると、住職の姿は消え失せ、ただ青頭巾と骨だけがとどまっていた。長年の執念はやっと消えたという落ちです。

 現代でも「死姦」ということがあって、死にたての死体や性器、死体を犯すことに興奮するということがあります。

 これらの話はそうした性向とは異次元の執着心による行為にも見えますし、『今昔物語集』の三蔵法師などは無私の精神で人助けをしたエピソードです。

 が、死体にエロスを感じ、あるいは腐臭漂う女体を舐めるという行為は、死姦に通じるものがある。

 美女の死体が腐敗し白骨になる課程を描く『九相図』と呼ばれる仏教絵画なんかも、どんな美女でも死ぬと醜い腐肉や骨になることを見せることで、世の無常をさとらせる目的があるとはいえ、裸体となって、犬に食われる美女の死体への欲望の視線が、絵画自体にあるのは否定できない。

 では、そうした欲望の視線が、いけないことなのか? というと、宗教的には×でも、絵画や文芸になると、それを許容するようなところもあるのが、芸術のふところの深さというものでしょう。

 『雨月物語』の高僧は、美少年の死肉を食らい、鬼となった住職の話を聞くと、こう言ったものです。

「その少年を引き取りさえしなければ立派な法師になったろうに。いったん愛欲の迷路に入り、無明の業火が燃えさかって鬼になってしまったのも、ひとえになほくたくましきさが”(まっすぐで一途さの強い性格)ゆえに違いない」と。

 住職が鬼になったのはまっすぐで一途な性質ゆえなので、道を正すことができれば、その一途さで成仏できるに違いない、と踏んだのです。

 はじめてこのくだりを読んだ時、涙が出ましたよ。

 美少年を愛するあまり、その死体を愛撫するうちに骨肉まで喰らい尽くした住職と、好きな女の身代わりに生きた女を宇治に据え、人間扱いしなかった薫はどちらも変態で、どちらも執着心の塊ですが、どちらが罪深いか? と問われたら、薫ではないか。救われるべきは薫なのではないか。とも思いました。

 変態の話をするつもりが、変な話になってしまいました。

 

大塚ひかり(おおつか ひかり)
古典エッセイスト。1961年横浜市生まれ 早稲田大学第一文学部で日本史を専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上ちくま文庫)、『本当はひどかった昔の日本』(新潮文庫)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社文庫)など著書多数。趣味は系図作り。

絵・こうき