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パヨクのための映画批評 78

隠しても隠しきれない… 「トップガン」(”Top Gun”, 1986年、アメリカ)

 

ゲイ受けを狙ってはいないはずの映画なのに、何故かゲイの雰囲気が漂う映画って結構あるのね。「セルロイド・クローゼット」というドキュメンタリー映画のように、「実はこういうつもりで撮ってたんだよーん」という暴露映画も面白いけど、やっぱね、自分で観てて「あっこいつ・・・」と気が付くのが楽しいのよ。

今回は全くそういうつもりじゃなく観た映画「トップガン」です。元彼が置いてったブルーレイ再生デッキが壊れたことでカッとなって契約したネットフリックスで観たのよ。「ランボー」「コマンド―」「ダイハード」と来ればもう「トップガン」しか無いですよって位、1980年代的なタカ派のアメリカを表現した映画です。同じ年には「エイリアン2」「プラトーン」「スタンドバイミー」「ラビリンス」「サルバドル」ですって。実は私、トム・クルーズにいまいちハマらず、「トップガン」は観てはおりませんでした。多分、眩しすぎたんだと思う。

海軍(空軍じゃないんだね!という驚きと私の無知)の空母に所属する爆撃機パイロットのマーヴェリックは、命知らずの一匹狼。優秀だが上に煙たがられる彼は、「トップガン」と呼ばれるパイロット養成学校への入学を認められる。持前の生意気さで早速上から睨まれるが、やはり優秀さに変わりは無い。そんな中、女性教官のチャーリーと恋に落ちる。

この映画のどの辺で「あっゲイ!」と思ったかと言うと…マーヴェリックとその相棒のグースが学校に送り込まれた直後。あの飛行機の制度もやらしいと思うんだけどさ、男二人組で戦闘機に乗るのよ。で、誰よりも長い時間を一緒に狭い空間で過ごしてきた、筋肉多めの男子コンビが全米から集まって来て、やっぱりいちゃつくわけ。トムは主演だし、当時の状況から考えても(まあ今考えてもだが)ゲイっぽく見えてはいけない役だし、そういう風に演出されなかったんじゃないか…と思うともうそうとしか見えない。あなただけ見えない。でも、相棒のグースは、口髭がちょっとゲイポルノ風なのね(かわいい…後年「ER」でグリーン先生を演じる)。のみならず、他からやってきた男子達がまぁ…特にアイスマン(ヴァル・キルマー)のコンビは、教室の席に座ってるときからアイスマンの連れが、アイスマンの肩の後ろに手をまわしてて、二人してしたり顔の薄笑い。ああこれはゲイポルノなんだなって認知の歪んだ私の脳は判断するわけ。

一応申し訳程度に、次のシーンで「バーで女をナンパ」が始まるのだが、アイスマンたちは…マーヴェリックを3P(グースも一緒なら4P)に誘っているようにしか見えない。特に「ボヘミアン・ラプソディ」観た直後に続けてこれ観たら錯覚すると思うよ。ファッションが近いから。ことあるごとに、アイスマンはマーヴェリックに「おまえは危険だ」と言うんだけど、別に怒ってないわけ。誘ってるとしか思えないのね。でもトムは人がいいけど察しのいい男じゃないから気が付かないの。バカッ。アイスマン、そこでキレてもよかったのに。キレたらキレたで後での仲直りがおいしくなるから(涎。私、腐女子の気持ち分かってきた気がする)。更衣室のシーンは男子達の恰好と構図が最初からおかしい。アイスマンの相棒が(もう単に棒って呼んでもいいかも)ベンチに横たわったまま話すんだけど…あのー、何か待ってませんか…という位置。

教官のチャーリーは金髪エロい表情でありながら知的という素敵な女性だったが、全体のゲイテイストから見ると、彼女とトムだけが蚊帳の外って感じ。まあそうだよね、みんな隠してるから(生きづらさ)。

そうやって見ちゃうとさ、トムの上官たちも熱い過去を感じさせる。トム・スケリット(「ポルターガイスト3」のパパ役といい、枯れてからが可愛いジジィ)とマイケル・アイアンサイド(我らが厨二映画「ターボキッド」の悪役ゼウス様)が、マーヴェリックのことを怒りながらも心配している様子が…すごく湿度感じた。頭の中で絶対3Pのこと考えてたよあの顔(私、欲求不満なのかな)。

というように、トム自身がものすごく輝いていて100万ドルの笑顔をキメまくる上、タカ派のレーガン政権を象徴するような映画なのに、何故か…2019年の竹美さんは、周囲のホモ臭に目が行ってしまう。これ私だけの意見じゃなくて、監督のトム・スコット(故人)さんがゲイだったのではと言ってる方もいるのね。私も無意識にそのバイアスで観ちゃったのかな。

「これ絶対ゲイ目線よね」な米軍映画としては、本作の十数年後のジョエル・シューマッカー(カムアウト済ゲイ)監督の「タイガーランド」は外せないわよ。当時アメリカでは無名だったコリン・ファレル様をアイルランドから呼び寄せてまで撮影した異色のベトナム戦争映画。ああん。直ぐ好きになった。訓練所で他の人達の身の上話を聞いて直ぐ涙ぐむコリン様の繊細さ。無駄に上半身裸で仲間と一緒にいるシーンが挟まって、当時の一般映画雑誌でも「ゲイポルノ?」と言われた位のデキだった。同じ監督はコリン様をもっと料理したくなったらしく「フォーンブース」という映画で、公衆電話(時代!)に閉じ込められた詐欺まがいのチャラ男をコリンにやらせ、またしても眉根寄せて涙流させてた。監督…。後年コリン様は「イノセント・ラブ」というクソ邦題(「めぐりあう時間たち」のカニンガム姐様原作「この世の果ての家」)映画で、ゲイと女を翻弄する魔性男(ましょお)となり、最後は3人で女の産んだ子を育てる。この世の果てw。

この映画を観て妙な安定感を感じるのは私だけかしら。今、インドとパキスタンが緊張感を高めてるけど、インドでは、インドが他国と戦争する映画が最近増えたと言われている(確かにハイデラバードの映画館で、公開予定の戦争映画のポスターをいくつも観た)。映画ってそうやって日常から遠い状況を反映しつつ、「何でもないことなんだよ」と日常に刷り込んでしまう力もある。本作の中では国籍不明の飛行機(ソ連か北朝鮮でしょう)と空中戦を交えるシーンが出てくるけど、観てても怖くない。皮肉にも、本作は戦闘シーンをクライマックスで描いているにもかかわらず、その数年後、湾岸戦争によって破られるまでの束の間、アメリカが大きな戦争を仕掛けなかった「平和な」時代を象徴しているんだろうね。内容は実質ゲイポルノだったしな。そう考えると、実際に傷ついた兵士が帰還していたアメリカで、「ハートロッカー」を監督し、イラク戦争を「戦争の快楽」として描いたキャスリン・ビグローの恐ろしさが引き立つ。

「トップガン」と同年の「サルバドル」がアメリカの中米政策を批判していたものの(さすが我らがオリバーストーン!)、80年代は、アメリカの戦争という意味では、平和な時代だったんだなあと思う。

 

執筆者・竹美

ほぼカムアウト状態の会社員。九州のパヨクな家庭に育ち、パヨク思想に染まっていることに無自覚なまま二十歳を迎え、周囲の同級生が順当に就職活動を開始した頃、全然やる気になれず焦って大学院へ逃亡。それが、「企業=金儲け=巨悪」だと信仰していたためだと自覚したのはその10年後。「思想転向」のリハビリ過程で、「真っ先に悪を告発する紅衛兵」の素養を小学生位のときに発揮して同級生にウザがられていた記憶もフラッシュバック。

このコーナーでは、映画を通じて「私やあなたというパヨク」の滑稽で哀しく、正しくて誤っている物語を発見していきたい。