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「あっきー★らっきー水曜日」その19

ペロペロしちゃうよ?

 

 6年ほど前、自転車に乗っていて、車にひかれました。鼻歌交じりに街を疾走していた僕は、無理やり交差点に進入しようとしまして、そこそこデカいBMWに吹っ飛ばされたんです。「バン!」と全身に激しい衝撃を受け、世界は暗転。次の記憶は、運転手の男と嫁らしき女が地面に倒れた僕を覗き込んでいるという絵でした。その後すぐに自力で立ち上がれていたし、自分のミスで事故った分の悪さがありまして、僕は「大丈夫、大丈夫です」を繰り返し発していました。それほど、意識が飛んでいたこともなかったはずです。ただ、自分の手を見やると、左手の指がありえない方向に曲がっていました。痛いという感覚はなくて、「オレ、やっちまったなー」という思いがありました。

 少し経って、警察官が来ました。若くて浅黒い彼は口をパクパクさせて、何かを喋っていました。話している内容は理解できるのですが、その表情はあさってを向いているようで、人間としての統一感がありませんでした。さらには、その警察官の背後には冷たい景色のようなものが浮かんで見えて、それら全てがちぐはぐな印象を受けました。全身打撲(というほど重傷でもないけど)の衝撃で、通常ではない脳内物質が分泌されていたのかもしれません。でもその日以来、空気というか、エネルギーというか、その人がまとっている不統一さの景色に気づく時があります。まあなんとなく、ですが……。

 あれからリハビリを経て、指も正しく動くようになりました。しかし事故の後、どうも世界の境界が変わってしまったような気がしています。過去と未来、光と闇、善と悪、いろいろな二項対立がありますよね。それらがペロペロキャンディのように、ぐにゃりと渦を巻いているようなんです。対立するどちらか一方だけを掴み取ることが、できなくなってしまった。時間も空間も人との関係も、秩序立てられた世界において認識できるから、正常な生活がこなせると思うのですが、どれも境がフニャフニャしちゃって感じるんです。さらには、過去も未来も離れた場所の物も、『ONE PIECE』のルフィのように手をにゅーっと伸ばしたら、引き寄せることができるんだという確信すらあります。

 いわゆる人生とは、選択の連続です。その選択のためのよすががペロペロ化(以下キャンディは略)していると、コトは面倒になります。しようと決心したことが、次の瞬間にはどうでもいいことに変化します。「正しい」という感覚も、揺らいでいきます。昨今の自分の行動の根拠を問われると、なかなか説明が難しい。何で退職してるんだろう。何で二丁目で働いているんだろう。ずっと、ペロペロした相反するものの渦の中にいるんです。エロスとタナトス、サドとマゾ、ラーメンとカレー、聖子ちゃんと明菜ちゃん。ん、ちょっと違う?

 ちなみに、店にいてもペロペロすることがあります。深夜2時くらいにグラスの洗い物の前に立っていると、ガクンと世界が入れ替わり、ペロペロ化がはじまります。「あれ、この時間と場所って何だっけ?」などと半ば本気で考えます。でも、目の前に妖精が現れたり、宇宙と交信したりはしません(そこは残念です)。

 言葉や概念がペロペロして、回り出す。

 足元に加わる反作用がゼロになり、どこにも掴まることができずにペロペロ漂う。

 ちょうど体調を崩しまして(お店を休んでごめんなさい!)、この感覚を思い出しましたので、日記にしました。文章にすると、おかしな妄想です。でも、もし僕が見える世界で「ペロペロされてもいい!」という方がいましたら、深夜あたり店に遊びに来てください。僕はたぶん、正気です(笑)

 

あっきー(水曜担当)

【プロフィール】 1975年埼玉生れ。
出版社に16年間勤務し漫画や小説などの編集に携わったのち、
なし崩し的にフリーに。
NPO法人「企画のたまご屋さん」では、出版プロデューサーを務める。

twitter / @akkyluckybar